蠅
異色作家短編集の第5巻であるジョルジュ・ランジュラン著「蠅」(早川書房)を読んだ。
私にとって,初めてのランジュラン作品であった。
ランジュラン作品を読んだことはなかったが,さすがに有名な「蠅」の筋書きは知っているので,恐る恐る本を開いた。
私は,本来推理小説読みであって,こういう恐ろしい作品は苦手なのである。

物質電送実験装置を製作していた科学者を襲った恐ろしい事故・・・これ以上あらすじを語ってしまうとネタバレになるのでやめておくが,ランジュランは1950年代という古い時代にによくもこういう作品を描けたものだと思う。
その想像力のたくましさには驚くばかりである。
意外に興味深かったのは,その物語の描き方である。
この原作では,件の事故の詳細は直接描かれることはない。
科学者の妻によるなぞの夫殺害事件から始まり,その妻の奇矯な行動が描かれ,そして最後に妻の手記によりその真相が明らかにされるのである。
私を含めて多くの読者はこの有名な作品の内容を知っているであろうから,最初から話が見えてしまっているのであるが,全く予備知識なくこの作品に接した発表当時の読者は,本当にどきどきしながらこの作品を読むことができたのだろうと思う。
数々の伏線を張って,最後に科学者の妻の手記でそのなぞが明らかにされる構成は,実は大変ミステリ的ですらある。
そして明かされるショッキングな結末が当時の読者を驚がくさせたであろうことは想像に難くない。
真相が分かっていて読んでも,なお,うまいと思う。
その事故の場面を直接描かず,科学者の妻の心理を通して描かれているからこそ,より不気味な不安と恐ろしさを伴う愛の物語になっていて,物語に引き込まれてしまう。
「蠅」を原作とした映画「ハエ男の恐怖」は,まるで仮面ライダーのエピソードのようなそのタイトルやテレビ放送時の渡辺徹の吹替えが不評だったことでやや損をしている気がするが,この原作を読む限り,大変気になる映画である。
怖い作品は嫌いなのだが,一度は見てみたい気もする。
なお,リメイク作品の映画「ザ・フライ」の方はテレビで見たことがあり,あまり好きにはなれなかったことを覚えている。
「蠅」一辺倒の感想になったが,それ以外にも,列車事故に遭った男のその後を描く「奇跡」,どこにもない世界の女性との恋に落ちた男の運命を描く「彼方のどこにもいない女」,犯罪を見抜いた者のユニークな活躍を描く「安楽椅子探偵」など,期待していた以上におもしろい作品があった。
私は,ランジュランについて,ただの恐怖作品作家のようなイメージを抱いていたのであるが,実は意外とおもしろい作家だったのかもしれないと見直しているところである。
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