2005.08.14
ニューヨーク探険企画(31)
2005年8月5日,私は,宿泊先のoriori邱を出て,地下鉄駅でoriori氏と握手を交わした後oriori氏と別れ,JFK空港に向かった。
帰りのアメリカン航空便は,約3時間30分ほど出発が遅れたが,2005年8月6日,無事,日本に到着した。

今回のニューヨーク探検旅行は,言語についての習熟の面でも現地の習慣についての知識の面でも明らかに不足している私が一人で,いろいろなところを歩き回ったので,個々の場面を見ると,一本取られたと思ったり,どうしていいか分からなくなって立ち往生してしまったりと,まさに完敗続きの探検旅行であった。
しかし,それはそれとしても,やはり旅行をして良かったと思うのである。
1つには,何よりもoriori氏のことである。
今回,私は,oriori氏が仕事で大変忙しい時期に1週間以上もの長期間にわたって,oriori邱を訪れ,滞在させていただいた。
しかも,その期間中に,午前零時過ぎに帰宅するなどして,oriori氏には大変な迷惑をかけた。
ところが,oriori氏は,いやな顔一つせずに私を歓迎してくれて滞在させてくれ,話し相手になってくれた。
oriori氏は,学生時代から友人としてお付き合いさせていただいているが,本当にいい人だと心から思う。
このような友人を持てたことは,私としては,なにものにも代えがたいことだと思うし,そのことを今回の旅行を通じて実感し,再認識した。
これだけでも,旅行をしてよかったと思うに十分な理由となりうる。
また,もう1つ挙げるならば,ふだん過ごしている日本を相対的に見る一つの視点を経験できたということを挙げることができるであろう。
ニューヨークも,それはそれで素晴らしい町だと思う。
自由の女神やメトロポリタン美術館はやはりすごいと思ったし,それがなくても独特の魅力がある町である。
それらの魅力は今回の旅行で堪能させてもらった。
その一方で,今回の経験を踏まえて,日本の東京(例えば西新宿(笑))も,ニューヨークに決して負けない魅力がある町だということが再認識できたのである。
詳細は省略するが,日本は,本当に住みやすく,サービスのレベルが高く,安全な国だと思う。
個々の場面において,困惑したり立ち往生したりして私の完敗続きだっとことを否定はしないが,この探検旅行全体を通して考えれば,これだけ得るものがあったという意味で,私の完勝だと思うのである。
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2005.08.13
ニューヨーク探険企画(30)
2005年8月4日,ニューヨーク最後の晩は,ステーキを食べに行った。
The Argentine Pavillionという店である。

豪快に肉を焼いて出してくれる肉料理店であり,とりあえず旅の最後にはこのような料理を食べて締めくくるのがよかろうと考えたのである。
サーロインステーキを食べたが,大変おいしかった。
かなり満腹になってしまった。
ものすごいボリュームに完敗である。
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ニューヨーク探険企画(29)
2005年8月4日,私は,アメリカ自然史博物館に行った。
翌日に日本に帰る飛行機に乗ることになっていたので,観光は事実上この日が最終日であった。
この博物館は,恐竜の骨で有名だと聞いていた。

恐竜の骨以外にも大量な展示品があった。
インドの星という大粒のサファイアなどは見物だと思う。
展示品が多く,丹念に見てまわると1日では到底回れない。
この博物館のミュージアムショップに行ってみたところ,不思議な物があった。

なんと寿司キットである。
これを使えば,簡単に巻き寿司を作ることができると書かれており,巻きすなどの道具が収められているとのことであった。
しかし,なぜ,こんなものが博物館のミュージアムショップにあるのだろう。
一日中,博物館を見て回っていた。
このボリュームには完敗である。
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ニューヨーク探険企画(28)
2005年8月3日の夕食は,いろは寿司という寿司屋で食事をした。
ニューヨークに来てまで寿司ばかり食べてどうするのかという批判があるかもしれないが,やはり寿司はおいしいと思う。

私は,鉄火丼を食べた。
日本を離れて約1週間になるが,やはり日本食が恋しくなるものである。
日本語で注文できるのも気が楽だし,お茶が出てくるのも大変ありがたい。
おいしかった。
いろは寿司に完敗である。
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ニューヨーク探険企画(27)
2005年8月3日,私はおみやげを探すことにした。
特に,oriori氏と私の学生時代からの共通の友人であり,付き合いの長いにゃんつけ氏へのおみやげを選ぶことは,私とoriori氏の旅行における一大イベントとなっている。
やはり,ここはなにかひとひねりしたおもしろい品物を選ばないといけないところなのである。
そこで,今回は,私がニューヨークのおもちゃ屋で見つけたこの品物を贈ることにした。

まさに,スターウォーズファンのにゃんつけ氏にぴったり。
ウーキーのジグソーパズルである。
昔,「新世紀エヴァンゲリオン」のキャラクター別ジグソーパズルの中で,冬月コウゾウ先生のジグソーパズルだけが売れ残って安売りされているのを見たことがある。
このジグソーパズルも,まさに「新世紀エヴァンゲリオン」における冬月先生と同じような地味で微妙な立場のジグソーパズルであると言えよう。
幸い,にゃんつけ氏も喜んでくれているようだ。
どこがニューヨークみやげなのかと言われると,返答に困ってしまうというのがこのおみやげの最大の弱点であろう。
ニューヨークに来てまでこれをおみやげにするということ自体が不適切であるとの批判は免れないところである。
そういう正論に基づく批判には完敗である。
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ニューヨーク探険企画(26)
2005年8月3日の昼食は,Planet Hollywoodというところで食べた。
映画で使われたらしい小道具などがたくさん展示されているレストランであった。
やはり映画の本場はアメリカである。
私の席の頭上には,エイリアンがいた。

頭上のエイリアンに見守られながら食事をした。
エイリアンの迫力に完敗である。
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ニューヨーク探険企画(25)
2005年8月3日は,ニューヨーク市警察博物館に行った。
犯罪と戦う人たちには興味があるのである。
パトカーの歴史や警察装備の歴史などについて展示のほか,時代物のミステリ小説を読む人にはお馴染みのベルティヨン式人体測定法(The Bertillon System)についての展示もあり,なかなか興味深かった。
有名な犯罪者についての展示もあった。
これは,ブルーノ・ハウプトマンについての展示である。
アガサ・クリスティーが「オリエント急行の殺人」を書く際に影響を受けたと言われるチャールズ・リンドバーグの長男誘拐事件の犯人である。
このほかに,アル・カポネに関する展示などもあって,見ごたえがあった。
殉職した警察官たちを顕彰する展示がされている部屋があった。
たくさんの人が,市民の安全のために,犯罪に対して最前線で立ち向かって,命を落としていったのだということを改めて実感した。
彼らの類いまれな勇気に対して,敬意を払わざるを得ない。
その勇気に,私は完敗である。
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2005.08.12
ニューヨーク探険企画(24)
2005年8月2日の夜,私は,ニューヨーク・メッツの本拠地シェイ・スタジアムに行った。
ミルウォーキー・ブリュワーズ対ニューヨーク・メッツの野球の試合を見に行ったのである。
この試合は,まずミルウォーキーが最初の2回でホームラン4本を放って先行し,メッツがこれをじりじりと追い上げて7回には同点とし,9回表にミルウォーキーが勝越しのホームランを放つと9回裏にメッツがホームランで再び追いつくという熱戦であった。
そして,延長の末,11回裏,メッツが満塁としたところでマイク・ピアッツァを代打に出し,押出しの四球で決着がつくというものすごい試合だった。
試合が終了したのが午後11時30分ころであり,oriori邱に帰宅するのが午前零時過ぎになってしまい,oriori氏にはご迷惑をおかけした。
それくらいすごい試合だったのである。
試合の途中で,私が座っていた座席の近くに,チームのマスコットキャラクターであるミスターメットがやってきた。
どうやら,当日誕生日を迎えるお客さんが近くにいたようで,ミスターメットは,イニングの合間にスクリーンを使ってそのお客さんを紹介するためにやって来ていたのである。
周囲の観客は,野球の試合そっちのけでミスターメットに注目していた。
"Mr.Met!"と連呼する者やミスターメットの写真を撮ろうとする者で周囲は一時,騒然となるほどであり,ミスターメットは大人気であった。
私は,ミスターメットを間近で見たとき,以前見たことのある人に似ているような気がしてしようがなかった。
たしか,昔,ヤクルト・スワローズにいた人に大変よく似ているのである。
その人物は,ここで紹介されている。
どうだろう。
このヤクルト・スワローズのマスコットキャラクターは,そのボール型の顔だちを中心とする姿形がミスターメットに大変よく似ていて,ミスターメットと赤の他人であるとは私には思えない。
彼とミスターメットは,いかなる関係にあるのであろうか。
しばらくインターネットを使って調べてみたが,その関係は全く分からなかった。
ミスターメットのなぞに完敗である。
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2005.08.10
ニューヨーク探険企画(23)
私が好きなみんなのうたの中には,不思議な歌がある。
大理石の台の上で 天使の像ささやいた
夜になるとここは冷える 君の服を貸してくれる?
タイムトラベルは楽し メトロポリタンミュージアム
赤い靴下でよれれば 片っぽあげる
この「
メトロポリタン美術館」という歌は,不思議な魅力がある歌だと思うが,
最後には主人公が絵の中に閉じ込められるという理不尽なストーリーであることなどから
恐怖の歌と評する向きもあるようだ。
2005年8月2日,私は,ニューヨークにあるメトロポリタン美術館に行ってみた。

大理石の上の天使の像などをながめながら歩いている間,私の頭の中ではみんなのうたの「メトロポリタン美術館」の歌がエンドレスで繰り返し流れていた。
一日では到底全部見ることができないほどの大規模な美術館だったので,大変見ごたえがあった。
これほど広ければ,確かには夜は冷えるかもしれない。
メトロポリタン美術館を見学している間は順調だったが,夕方,歩いて帰ってくる途中で,かぶっていったはずのデトロイト・タイガースの野球帽をなくしてしまったことに気付いた。
どうやらメトロポリタン美術館の美術品を見るのに夢中になっているうちに,どこかに置き忘れてしまったようだ。
それほど美術館の魅力に惑わされてしまったということなのであろう。
メトロポリタン美術館に完敗である。
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2005.08.08
ニューヨーク探険企画(22)
2005年8月1日の夕食は,日本では食べられない食べ物を食べることにした。
YOSHINOYAのBeef Bowl,すなわち吉野家の牛丼である。

日本では食べられないのにアメリカでは牛丼が食べられるというのも,考えてみれば妙な状況である。
それだけ日本の方がアメリカよりも食の安全のレベルは高いのかもしれない。
ニューヨークの牛丼は,当然,牛丼の味がしたのでそれ自体は満足であった。
しかし,水も無料ではないし,並の牛丼とみそ汁だけでも6ドル余りと決して安い値段ではない。
ニューヨークまで来て高い牛丼を食べるなんて私も物好きだなぁと思うと少し情けない気がした。
YOSHINOYAのBeefBowlに完敗である。
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ニューヨーク探険企画(21)
2005年8月1日の午後,私は国際連合の本部を見学しに行った。
安全保障理事会などの会議場を見学する日本語ツアーがあったので,それに参加したのである。
しょせん会議場に過ぎないので格別目をひくほどのものがあるわけではないが,一度は見ておいてもいいだろうと考えたのである。
実際に行ってみると,総会の会議場などはさすがに大きくて,各国の代表が勢揃いすると壮観だろうなとは思った。

それよりもおもしろかったのは,Visitorの入口付近にあったどこかの国からの贈り物のモニュメントである。

銃の銃口を縛っている・・・(笑)。
国際平和を願うという意味では,なかなかおもしろいモニュメントである。
このモニュメントを送った国の機知に,完敗である。
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2005.08.07
ニューヨーク探険企画(20)
2005年8月1日,ミステリアス・ブックショップを訪れて調子づいた私は,マーダー・インクにも行ってみることにした。
言わずと知れたミステリ小説専門書店である。

ここも趣味的な書店で大変楽しかった。
店内では,ミステリ小説のほか,シャーロック・ホームズ・アクションフィギュアが販売されていたり,エラリー・クイーン(フレデリック・ダネイの方)からの手紙が展示されていたりした。
ここでも,なにか記念に買って行こうと思って,本を1冊買った。

買ったのは,クレイグ・ライスの"Home Sweet Homicide"(スイート・ホーム殺人事件)である。
ライスの本の英語版(というか原書)は,初めて見たような気がする。
マーダー・インクも魅力的な書店であり,私はその魅力に参ってしまった。
これも私の完敗である。
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ニューヨーク探険企画(19)
2005年8月1日の昼食は,oriori氏と待ち合わせをして,寿司田6thアヴェニュー店に行った。
日本の寿司田がアメリカに出している店舗であるとのことで,従業員は日本人ばかりだったと思う。
注文をするにも,お茶をもらうにも,日本語で全て事足りるというのは大変気が楽であった。
鉄火重を食べたが,日本で食べるのと変わらないおいしさであった。
日本の料理は,やはり最も落ち着く気がする。
食事後,店の前を見たら,寿司田ギャラリーというものがあった。

通りに面したところに絵画を飾って紹介しているようだ。
寿司田は文化活動にも力を入れているということなのだろうか。
さすがに大手の寿司店であり,余裕もあるし意識も高いというところか。
単に物見遊山に来ている私としては感心するばかりであり,寿司田の意識の高さに完敗である。
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ニューヨーク探険企画(18)
ニューヨークと言えば,オットー・ペンズラーのミステリ小説専門書店であるミステリアス・ブックショップがある町である。
せっかくニューヨークに来たのであれば,ここを訪れないわけにはいかないだろう。
2005年8月1日の午前中,私は,ミステリアス・ブックショップに出かけた。
この店は,West 56th Streetという場所にあり,ちょうどル・パーカー・メリディアンホテルの並びにあるので,これを目印にすると見つけやすい。

決して大きな書店ではないのであるが,多数のサイン入り初版本のミステリ小説を初めとして,ミステリ小説が所狭しと並んでいるので,とても楽しかった。
ミステリ小説ファンなら,ニューヨークに来る機会があれば,一度は足を運んでみるといいと思う。
私の場合,サイン入り初版本は高くて手が出ないのであるが,記念に本を1冊とオリジナルTシャツ1着を購入した。

買った本は,G・K・チェスタトンの"The Scandal of Father Brown"(ブラウン神父の醜聞)である。
自分の趣味に合う,趣味的な書店というのは楽しいものだ。
そこにいるだけで,なんだかとても楽しかった。
これでこそニューヨークに来たかいがあるというものである。
オットー・ペンズラーにノックアウトされたよう気分であり,まさに完敗である。
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ニューヨーク探険企画(17)
2005年7月31日の夕食は,oriori氏と一緒に
Thalia
というレストランに行った。
ここを見てもらえば分かると思うが,デザインの面でも凝っている上品なレストランであった。
ここでは,私は
Sesame Crusted Atlantic Salmon
という料理を食べたが,これも大変おいしい料理だった。
ここは本当に良いレストランだったと思うが,私には料理の味を表現する表現力が十分でないため,その味を言葉で伝えられないのが残念である。
まさに,私の完敗である。
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ニューヨーク探険企画(16)
2005年7月31日,ニューヨークの近代美術館の探険を終えた私が,宿泊先のoriori邱の近くを歩いているとこんな店をみつけた。
なんと,"BIKKURI SUSHI"という寿司屋である。
敢えて「びっくり」という日本語をそのままに店名にしたのがおもしろいと言えばおもしろいが,ニューヨークに住む大半の人にとってはどういう意味なのか分からないはずであろう。
いきなりローマ字で目に飛び込んできた"BIKKURI"の文字にびっくりさせられてしまった。
大胆な店名「びっくり寿司」に完敗である。
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ニューヨーク探険企画(15)
2005年7月31日の午後は,ニューヨークの近代美術館(MOMA)に行ってみた。
最近,増改築を済ませた美術館らしく,多数の客が来ていた。
私は,美術に関して特に造けいが深いわけではないので
変わった絵がいろいろとあるものだなぁ
という単純な感想を抱きながら,作品を見ていった。
私から見てもきれいな絵もあるのだが,なんとも
不思議な作品も少なくなかった。
この作品などは,"Eye Bee M"="IBM"ということなのであろう。
子供が考える暗号文で,「て」の文字の代わりに手の絵を書いたり,「め」の文字の代わりに眼の絵を書いたりするやつがあるが,それをほうふつとさせる作品である。
美術の奥の深さに完敗である。
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ニューヨーク探険企画(14)
2005年7月31日,oriori氏と一緒にミツワ・マーケットプレイスに行った私は,大変驚いてしまった。
農産物は別としても,それ以外は日本のスーパーマーケットとほとんど変わりのない品揃えだったからである。
さすがに果物などはアメリカ独特のものがあったが,お米は数種類の品揃えがあった。

oriori氏が購入していたのは,このあきたおとめである。
コシヒカリに由来する人気品種あきたこまちに名前が似ているので,おいしそうな気がするのであるが,後で調べて見ても品種の由来についてきちんと説明されているサイトは見当たらなかった。
もう少し調べてみると,かなりこだわりの見られるアメリカでの食生活に関するサイトが見つかった。
あきたおとめは,そこでも名前の挙がっている品種であるから,きっとかなりおいしい米なのであろう。
それにしても,このサイトに参加している人たちの米の品種についてのこだわりはなかなかすごいと思った。
日本に住み,米に恵まれているからかもしれないが,私はここまで米の品種のことを考えたことはない。
アメリカに住む人たちの米の味へのこだわりの強さに完敗である。
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2005.08.05
ニューヨーク探検企画(13)
2005年7月31日は,oriori氏がミツワ・マーケットプレイスで買い物をするというので,好奇心から同行させてもらった。
ニューヨークからは州境を越えることになるが,日本の物が一通りそろう日系スーパーだとのことである。
ミツワ・マーケットプレイス行きのバス乗り場に行くために,oriori氏と一緒に道を歩いていたとき,ニューヨークを探検しているとたびたび見かける種類のバスが多数,道端に停車している風景に出会った。
こういう赤いバスである。

そのときのoriori氏と私の会話である。
私 「この赤いバスは観光バスだよね。はとバスのアメリカ版みたいなものかな?」
ori「まぁ,そうだね・・・飛ばすな,はとバス。」
私 「何,それ。」
ori「語呂がいいでしょう。飛ばすな,はとバス。」
oriori氏は,この
とばすな,はとばす
という駄洒落がいたく気に入った様子で,その後,しばらくの間,「飛ばすな,はとバス」,「飛ばすな,はとバス」と繰り返していた。
さらに,しばらくたってから,oriori氏は
やっぱり,「飛ばすな,都バス」の方が語呂がいいな
などと言っていた。
あまりにおかしくて,私は笑ってしまった。
だじゃれに賭けるoriori氏の情熱に完敗である。
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2005.08.04
ニューヨーク探検企画(12)
2005年7月30日の夕食は,oriori氏がMichael Jodan's Steak Houseという店に連れて行ってくれた。
その名のとおり,マイケル・ジョーダン氏が関わっているステーキ店であり,鉄道の駅であるグランド・セントラル駅の2階に位置するレストランである。

単に鉄道の駅の2階というだけでなく,このようにレストランから下を見下ろすと鉄道の旅行客が行き交う様子が見えるのがおもしろい。
駅の妙にあわただしい様子とレストランのゆったりした雰囲気という対照的なものが妙に混ざり合った不思議な感覚であった。
ステーキも大変おいしかった。
こういう料理こそが,本当にアメリカらしい料理だと思う。
まさに豪勢な食事であった。
この豪勢な食事の雰囲気は,ふだんの生活ではなかなか味わえるものではない。
すごくいい気分にさせられてしまった。
この雰囲気に完敗である。
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ニューヨーク探検企画(11)
2005年7月30日,セントラルパークの探検を終えた私は,歩いてoriori邸まで戻ったが,その途中で妙なものを見つけた。

見てのとおり,"LOVE"と書かれた奇妙な建造物である。
しかも,私が持参した「わがまま歩き ニューヨーク」をよく読むと,「街角ギャラリーを楽しみたい」などという表題でわざわざこの建造物が紹介されていた。
しかし,私は,西新宿で同じような建造物を見たことがあると思った。
たしか新宿アイランドタワーのアイランドパティオに降りる階段の手前付近に似たようなものがあったはずである。
そう思って検索してみると,やっぱりここやここに西新宿の"LOVE"の写真が掲載されていた。
なぜ同じような建造物がニューヨークと西新宿にあるのか考えてみたが,どうしてもよく分からない。
西新宿がニューヨークのまねをしたのか,ニューヨークが西新宿のまねをしたのか,もともと同じ原作をニューヨークと西新宿がそれぞれ採用してモニュメントとして設置したのか,あるいは,まったく偶然に同じような建造物が双方でできあがったのか。
いろいろな仮説が考えられるが,結論はでなかった。
"LOVE"のなぞに完敗である。
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2005.08.02
ニューヨーク探検企画(10)
2005年7月30日,昼食を終えた私は,セントラルパークに歩いて行った。
コロンブスの銅像があるコロンバスサークル方面から公園に入り,ベセスダ噴水などの見どころを散歩して回ったのであるが,ひときわ私の目を惹いたのはアンデルセンとあひるの像であった。

もともとアンデルセンが「みにくいあひるの子」の話をあひるに読み聞かせている銅像だとのことであるが,この日ははとまでやってきて聴衆に加わっていた。
アンデルセン,大人気である。
それにしても,アンデルセンが,「みにくいあひるの子」の話を,よりによってあひるに聞かせてやるというのは一体どういうことだろう。
「みにくいあひるの子」は,一見すると風変わりなあひるの子と思われていた鳥が,実は白鳥であったことが後に判明するという物語である。
物語の主人公の白鳥は,実はもともと白鳥だったのであり,あひるだったものが何らかの努力などで白鳥になったわけではない。
もし,この銅像が,アンデルセンが本物のあひるに対してその物語を語ってやり,あひるに「自分はもしかしたら白鳥かもしれない」というあり得ない幻想を抱かせている場面の銅像だとしたら,ずいぶん残酷な銅像ではなかろうか。
それ以外に,アンデルセンが「みにくいあひるの子」の物語を本物のあひるに語ってやる理由が何かあるのだろうか。
銅像の作者の意図を図りかねて考え込まされるセントラルパークの散歩であった。
銅像の作者に完敗である。
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ニューヨーク探検企画(9)
2005年7月30日,私はゆっくり洗たくをした後,oriori邸を出発した。
前日の自由の女神及びその周辺の探検と野球観戦で疲れていたので,ゆっくりスタートしたのである。
セントラルパークに向かって歩いていったのだが,途中で食事をした。

そう,行ったのはマクドナルドである。
過去に海外旅行をしたとき,パリでもロンドンでも北京でもシカゴでもマクドナルドで食事をしたことがあったので,今度も一度は試してみようと思っていたのだ。
・・・でも,結局,どこで食べても味は同じだということが改めてよく分かっただけだった。
値段の面で言えば北京が割安であるが,やはりハンバーガーの味そのものはほとんど変わらない。
長く食べ続けるときっと健康によくないであろうという気がする食事である。
そう言えば,そういう題材を扱った映画もあったようだが,実際,食べ続けるとどうなってしまうのであろうか。
そんなことを考えながら食べたのであるが,宿泊先のoriori邸に帰ってきてから調べてみたところ,マクドナルドはいわゆる食育に関する「食育の時間」というサイトを設置して,正しい食生活の普及に努めているそうだ。
マクドナルドが,正しい食生活にまで気を配ってくれているとは私は夢にも思っていなかった。
そこまで考えていたなんて,マクドナルドに完敗である。
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2005.08.01
ニューヨーク探検企画(8)
2005年7月29日,自由の女神とその周辺などの探検を終えた私は,ロサンゼルス・エンジェルス対ニューヨーク・ヤンキースの試合を観戦するために,ヤンキースタジアムに出かけた。
ホームベース後方の見やすい席であり,大変楽しめた。
松井秀喜選手がバッターボックスに入っているところもよく見えた。

しかし,試合の結果はヤンキースの完敗であった。
松井選手も,ヒットを打つことができないばかりか,死球を受けて大変痛そうな様子であった。
この試合の途中,思わぬハプニングがあった。
私は,客席を回って炭酸飲料を売っていた売り子からスプライトを購入したのである。
そして,買った後,まもなく飲もうと思ってペットボトルを開けたところ,炭酸飲料があふれ出し,私のズボンが炭酸飲料で水浸しになったのである。
炭酸飲料を売ろうとして必死でペットボトルを振り回しながら客を探している売り子には要注意であるということを,身をもって体験した。
ソーダ売りの売り子に一本とられて,私も完敗である。
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ニューヨーク探検企画(7)
2005年7月29日,自由の女神とエリス島の探検を終えた私はバッテリーパークに戻ってきた。
このバッテリーパークという公園はもともとは,クリントン砦を中心に埋め立てられた土地に作られた公園であり,かつてはニューヨーク水族館がこの場所にあったこともあるとのことである。
バッテリーパークの一角には,水族館であった時期のあることについて書かれた案内板があった。

・・・水族館であったことはよく分かるが,この写真の少年が亀に乗っているのはなぜなのだろう。
そのなぞは解けないが,とりあえず,この少年にはくれぐれも玉手箱を開けないよう忠告したいところである。
解けないなぞを投げかけられてしまい,亀に乗った少年に完敗である。
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ニューヨーク探検企画(6)
2005年7月29日,私は昼食を食べた後,エリス島を観光した。
ここは,自由の女神があるリバティ島とセットになっている観光地であり,もともとアメリカへの移民の入国管理を行う施設があったところらしい。
現在は,移民と入国管理の歴史に関する博物館が設けられている。
ここでも,ゆっくりと展示を見ながら,自由の女神のときと同様に音声解説を聞いていったので展示内容は非常によく理解できた。
かつて,移民としてアメリカに入国を希望する人たちはこのエリス島で入国審査を受け,約2パーセントの者は病気などを理由に入国させてもらえず,本国に送還されていたらしい。
2パーセントとは,多くはないが決して無視もできない数字である。
入国審査を受ける移民の不安は想像に難くない。
入国審査を行っていたという大きな部屋が今でも残っていた。

国の施設らしく,ほとんどの移民を受け入れていたと強調する展示がされていたが,やはり受け入れられなかった人たちのことが気になってしようがなかった。
個人的にはもともと自由の女神のおまけとしか考えていなかったのであるが,意外に充実した展示内容で興味深かった。
じっくり見てまわった結果,自由の女神とエリス島の観光に午前9時過ぎから午後3時過ぎまで費やしてしまった。
予想外に充実していた展示内容に完敗である。
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2005.07.31
ニューヨーク探検企画(5)
2005年7月29日の昼,ブッシュ大統領の天敵に遭遇した。
明らかにサダム・フセインやその他の政治指導者以上にブッシュ大統領を窮地に追い込んだことのある強敵である。

そう,昼食に,エリス島の屋台でプレッツェルを買って食べたのである。
プレッツェルと言えば,ブッシュ大統領ののどを詰まらせて大統領を窮地に追い込んだことで知られており,そのことをネタにした冗談も少なくない。
本当は,ブッシュ大統領がのどに詰まらせたプレッツェルはこれではなくて,固く焼き上げたタイプのスーパーマーケットなどで袋詰めにして売られているようなプレッツェルらしい。
確かに,この焼きたてのやわらかいプレッツェルでは,意図的にのどに詰まらせようとしても簡単には成功しないだろう。
食べてみるととても塩味の強い食べ物で,プレッツェルを一つ食べる間に,一緒に買った水を全て飲み干してしまった。
プレッツェルの予想外の塩辛さに驚いてしまった。
プレッツェルに完敗である。
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ニューヨーク探検企画(4)
自由の女神のあるリバティ島に行くためには,バッテリーパーク内にあるクリントン砦でリバティ島及びエリス島行きの切符を買ってフェリーに乗ることになる。
2005年7月29日に私が自由の女神を目指したときは,フェリーの乗船料金が11ドルであったが,リバティ島とエリス島での音声案内(日本語あり)付きであれば17.5ドルという料金設定であった。
私は,英語が苦手なので,迷わず音声案内付きを選択した。
この音声案内というのは,ヘッドフォンと音声再生装置とが一体となったものを現地で受け取り,現地で指定された場所に行き,指定された番号を入力すると,その場所に応じた音声案内を聞くことができるという仕組みのものであった。
自分のペースでゆっくりと見学をしながら案内を聞くことができるので大変便利なものであった。
英語より日本語の方が得意だという人には,音声案内付きがお勧めである。
フェリーでは,停泊中に自由の女神が見える左舷に人が集まっていたが,フェリーの進行方向を考えれば右舷に自由の女神がくるはずだと私は考えたので,私は右舷に陣取った。
すると,実際,リバティ島に近づくにつれ,右舷に自由の女神が見える位置にきたので,我ながら正しい判断をしたと思った。
なお,リバティ島を去ってエリス島に向かうフェリーの場合は,反対に左舷の方が自由の女神に近くなる。
リバティ島では,自由の女神の周囲を歩いてゆっくり回りながら,音声案内の解説を聞いた。
見学前,私は自由の女神については,どうせただの銅像にすぎないのではないかという比較的醒めた気持ちを持っていた。
しかし,この見学を通じて認識を新たにした部分がある。
「自由」という理念をこのだれにでも分かりやすい形のシンボルである女神像に込め,女神像を建設するに至った努力に思いを致すと,それにかかわった人たちの熱意に心を打たれるような気がしたのである。
女神像そのものは一種の偶像なのかもしれないが,その自由を勝ち取ることに向けた強い気持ちがやはりそこに結実しているのであり,それが人の胸を打つのであろう。
自由の女神にまつわる説明を聞いているうちに,自由を渇望して,それを勝ち取った人たちの思いの強さというものを感じたのである。
非常に有意義な見学であったと思う。
自由の女神を見ていたとき,近くにいた別の客が不思議そうな表情で空を見上げていた。
なんだろうと思って,空を見たら飛行船が飛んでいた。
飛行船は,ゆっくりと自由の女神の周囲を回って行った。

フジフィルムの宣伝になったことは確実であるが,不思議そうな表情で空を見上げていた外国人(ここでは日本人以外の人という意味である)に対して,これで企業イメージを向上させることができたかどうかはなんとも言えないところであるように思う。
個人的な感想としては,ここで宣伝をやるのは少し無粋であるように思う。
思ってもみなかった自由の女神とフジフィルムの共演に打ちのめされて,今回も私の完敗である。
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ニューヨーク探検企画(3)
2005年7月29日,私が最初に目指したのは自由の女神であった。
パリの自由の女神や東京の自由の女神ではなく,ニューヨークの自由の女神である。
私は,地下鉄でサウスフェリーというマンハッタン島の南端の駅まで行った。
その駅はバッテリーパークという公園の中にあり,その公園内から,自由の女神の立つリバティ島に船で渡ることができるのである。
バッテリーパークからは,自由の女神を遠くに見ることができた。

本当は自由の女神をもう少し大きく表示させることができるはずなのであるが,使い慣れた画像編集ソフトが手元にないので,これでご勘弁いただきたい。
このバッテリーパークにいたときに,私のデジタルカメラであるニコンのCOOLPIX2000に異常が生じた。
以前,私がデジタルカメラを修理に出したときと全く同じ故障が発生したのである。
電池を格納している部分を手で押さえていれば撮影をすることは可能なのであるが,常に手で押さえていないと電池が飛び出して落ちてしまう可能性があるので,大変不便であることは間違いない。
私のデジタルカメラの扱いが乱暴だったのであろうか。
仮にそうであったとしても,2度同じ故障が発生するというのは構造上の問題があるのではないかと思う。
ひどいよ,ニコン。
これから始まる探検を前にして,私の受けたダメージは非常に大きかった。
気まぐれなニコンのデジタルカメラ,COOLPIX2000に完敗である。
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ニューヨーク探検企画(2)
ニューヨーク探検の実質的な初日である2005年7月29日の朝,私はoriori氏の家の家具に左ひざをぶつけて負傷してしまった。
しかし,探検に多少の負傷は付き物である。
少々痛いが,そのまま探検に出かけることにした。
今回の探検では英語に堪能なoriori氏が原則として同行しないため,英語が苦手な私が1人で全ての事態に対処しなければならないことになり,その点で不安も大きいのであるが,それぞれ現地の言葉に明るいとは到底考えられない川口浩隊長や藤岡弘、隊長も世界中を探検していたのであるから,私がニューヨークを探検するのもあながち不当とは言えないであろう。
それにしても,少しひざが痛い。
oriori氏の自宅の家具に完敗である。
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2005.07.29
ニューヨーク探検企画(1)
2005年7月28日,アメリカン航空の飛行機でニューヨークに降り立った私は,スーパーシャトルとかいう乗り物に乗ってマンハッタンに向かい,Life in New Yorkのoriori氏の邸宅を急襲した。
oriori邸は,一等地にある上になかなか広い,素晴らしいところである。
これから約1週間にわたって,ここを基点に未踏の地ニューヨークを探検する予定である。
oriori邸に到着した私は、土用の丑の日だというのでうなぎをごちそうになった後,「8時だよ!全員集合」と「マツケンサンバII」のDVDを見せてもらうという歓待を受けた。

ところが,私はマツケンサンバIIの腰元ダンサーズの振付についてoriori氏から解説を受けている途中で不覚にも眠り込んでしまった。
そのため,夜中に眼を覚まして、独りこの記事を書いているという次第である。
まずは,oriori氏に体力面で完敗である。
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