2007.04.07

クレアが死んでいる

 87分署シリーズを読む(14)

 エド・マクベイン著「クレアが死んでいる」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
 87分署シリーズの第14作目の作品である。
 この作品は,昔,エド・マクベイン作品について早川書房の目録を見たころから気になっていた作品であった。
 何しろ,87分署の刑事たちの一人であるバート・クリングの恋人クレア・タウンゼントの死が表題になっているのである。
 リアルと言えばリアルなのかもしれないが,2作目から登場させていたレギュラーのキャラクターをあっさり殺してしまうところが,エド・マクベインの思い切りの良さだと思う。
 もちろん,だれが死んでも殺人事件は殺人事件であり,その悲惨さに変わりはないが,その生前のありようを知っていればこそ,その悲惨さが身近に感じられることは間違いない。

 銃の乱射による殺人事件の現場に行き,恋人が被害者となったことを知って,衝撃のあまり絶句するバート・クリング刑事
 そして,彼の気持ちに思いを致して心を痛め,犯人逮捕に向けて,必死の捜査に臨む87分署の刑事たち。
 その心持ちを想像するとそれだけでやり切れない感じがする。
 そこがまさに読みどころなのだろう。
 著者エド・マクベインのねらいどおりである。
 エド・マクベインは,刑事たちについて言う。
 「彼らは血の古い儀式に深く関係した連中なのだ。

 期待通りのやり切れなさや衝撃を感じさせてくれたので,読み物としてはよくできていたと思う。
 ただ,これは,推理小説としての読みどころは乏しい作品だと思った。
 そういう面には主眼がないのかもしれないが。

 この作品も,火曜サスペンス劇場で映像化されたことがあり,そのときのサブタイトルは

 わが町VII「日本語学校の教師,風俗の女,
恐喝者-焼殺された刑事の恋人は複数の顔を持つ女」
だったらしい。
 なんだか違う作品になってしまっているような気がする

 また,この作品を翻案した映画として,市川崑監督「幸福」(1981年)という作品もあるらしい。
 これも未見であるので,機会があれば鑑賞してみたい。

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2007.03.18

死にざまを見ろ

 87分署シリーズを読む(13)

 87分署シリーズ第13作にあたるエド・マクベイン著「死にざまを見ろ」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読了した。
 87分署内で微妙な対立をする刑事たち,87分署の刑事たちが追う凶悪犯,町でグループを作って一旗挙げようとする不良少年たちといった様々な立場の者の話を複雑に絡み合わせて,同時進行で描いた物語である。

 多数の視点からストーリーが展開するので,当初,焦点がはっきりしないと言えばはっきりしないのだが,それをまとめ上げていくエド・マクベインの手腕はなかなかのものだったと思う。
 プエルトリコ系の刑事フランキー・ヘルナンデスの考え方と行動が,とても強く印象に残った。
 ネタバレになるので黒い文字で書くが,これだけいいキャラクターをあっさり殺してしまうのも,分署の刑事たちという集団が主役である87分署ならではだと思う。

 推理小説としての推理の要素はないけれど,途中からストーリーに引き込まれるような魅力を感じた。

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2006.11.13

電話魔

 87分署シリーズを読む(12)

 87分署シリーズ第12作目に当たるエド・マクベイン著「電話魔」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。

 とうとう「電話魔」までたどり着いた。
 87分署シリーズを読み始めたとき,ここがひとつの目標だったのである。
 この作品で87分署の刑事たちは,その後シリーズを通じて数回にわたって登場する宿敵となる天才犯罪者デフ・マンに初めて遭遇する。
 こういう宿敵の存在は何かと気になるものである。
 高名なデフ・マンの人物像がどういうものなのか,興味があったので87分署シリーズを読もうと決めたときから楽しみにしていたのである。

 物語は,87分署管内の商店に,その店舗を立ち退かねば殺すといういたずら電話が次々とかかってくるという不思議な事件が発生し,マイヤー・マイヤー刑事が捜査を担当するところから始まる。
 一方,そのころ,グローヴァー公園で発見された身元不明の死体について,スティーヴ・キャレラ刑事が捜査を開始する。
 一見,何の関連性もない事件の背後に,奸智に長けた犯罪者デフ・マンの影があった・・・。

 この87分署シリーズは,一般に「リアルな警察活動を描いた警察小説」とされており,扱われている犯罪も時に行き当たりばったりで計画性のかけらもないものであることがたびたびある。
 それは,リアルと言えばリアルなのだけれど,犯人が物足りないものであることもしばしばあるのである。
 しかし,デフ・マンは違った。
 彼は,確率を重視し,警察活動に関して予測を立て,それを前提にしたち密な計画を立てて犯罪を実行する。
 デフ・マンが展開する理論は,読んでいて大変おもしろかった。
 この作品では,彼の読みと計画は完全に87分署の刑事たちを翻ろうしている。
 この点はネタバレなので,黒い文字で書くが,平凡でどちらかというと鈍いタイプのあるパトロール警官が勤務中にアイスクリームを買おうなどと思いさえしなければ,デフ・マンの完全勝利だったであろう。
 完全犯罪とは,いかに難しいものか。

 87分署シリーズをここまで12作読んだことになるが,その中でもかなり上位に位置するおもしろい物語だと思った。

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2006.07.02

大いなる手がかり

 87分署シリーズを読む(11)

 エド・マクベイン著「大いなる手がかり」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
 本来,エド・マクベインの作品は私好みではないように思うのだが,気まぐれを起こして,また,順番に少し読んでみようと思ったのである。
 この作品は,87分署シリーズの第11作である。

 パトロール警官が見つけた放置されたかばん・・・その中にあったのは人間の手だった・・・。
 ストーリーは,当然,まずその被害者がいったいだれなのか,そして,その犯人はだれなのかという形で進んでいく。
 87分署シリーズはリアルな警察活動の描写を売り物にしているだけあって,たびたび科学捜査,鑑識の重要性が強調されるのであるが,この作品でもそのような傾向が強い。
 この作品でも,シリーズ中たびたび登場する科学警察研究所のサム・グロスマン警部が,わずかな資料をもとに綿密な検査を行う描写がされていた。
 こういう仕事は,実際には相当大変なのだろうなと思う。
 そういう描写は興味深かったが,この作品は全体としてみれば小粒で見どころの少ない作品だったと思う。

 この作品も,火曜サスペンス劇場で,翻案・2時間ドラマ化されている。
 その際の副題は

 わが町VIII「OLバラバラ殺人事件,孤独な現代人のSOSが聞こえる」
だったらしい。
 原作ではOLではないということを別にすれば,たしかにそういう内容かもしれないが,それにしても2時間ドラマらしい安っぽい印象の副題である。

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2005.10.30

再読・キングの身代金

 87分署シリーズを読む(10)

 エド・マクベイン著「キングの身代金」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を再読した。
 87分署シリーズの10作目で,前作「死が二人を」の約半年後の秋の出来事として描かれている作品である。
 初読時の感想として大まかな筋を書いたことがあるので,参照していただきたい。

 シリーズ物として再読してみると,単独でこの作品を読むのと少し違う前後のつながりが感じられて,興味深い面があった。
 例えば,キャレラ刑事は,前作の最後で二人の子供の父親になったので,そのことがキャレラのこの誘拐事件に対する見方に少なからず影響していると考えられるのである。
 また,コットン・ホース刑事が,第5作「被害者の顔」で初めて登場したときにいきなり失礼な口をきいた相手である科学警察研究所のピーター・クロニグと,この作品で事実上和解している場面もなかなか楽しかった。

 この作品も,翻案されて,火曜サスペンス劇場で放送されている。
 そのときの表題は

 わが町V「勝てば天国負けたら地獄!誘拐犯vs刑事達」
であったらしい。
 この表題は,87分署シリーズの原作よりも,それを下敷きにした黒澤映画「天国と地獄」を意識しているものと思われる。
 黒澤映画の知名度にただ乗りして視聴率をあげようとしたのであろうか。

 ここまで87分署シリーズ10作を続けて読んでみたわけであるが,この10作品の中で最もお勧めの作品をあげるとすれば,やはり「殺意の楔」であろう。
 続いて,「キングの身代金」,「レディ・キラー」といったところであろうか。
 10作品読んだので,しばらくエド・マクベインはお休みして,ほかの作品を読むことにしようと思う。

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2005.10.29

死が二人を

 87分署シリーズを読む(9)

 エド・マクベイン著「死が二人を」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
 87分署シリーズの9作目であり,前作「殺意の楔」の翌年6月の物語として書かれた作品である。

 スティーヴ・キャレラ刑事の妹の結婚式当日,花婿のもとに猛毒をもつくもが入った小箱が送られてきた。
 だれかがその命をねらおうとしているのであろうか・・・。
 キャレラは非番の刑事仲間を結婚式に集めて警戒に当たるが,そこに更なる事件が・・・という物語である。

 刑事として事件を取り扱うのとは立場が違うので,シリーズのほかの作品とはずいぶん雰囲気が違う。
 コットン・ホース刑事とその恋人のクリスチン・マックスウェルとの会話なども,ふだんと少し違った私生活が垣間見えるようで少しおもしろい。
 全体として,シリーズ番外編的な楽しみのある作品であると言えよう。
 反面,刑事物のおもしろさを期待して読むと肩透かしを食うような印象だと思う。

 この作品で出てくるボブ・オブライエン刑事というのは興味深い人物像である。
 人を撃ちたくはないのに,刑事としてけん銃を使わざるを得ない場面に次々と遭遇し,過去6人を射殺してしまった不運な男・・・。
 殺してしまっては泣き,また人を殺してしまうのではないかと怯えている男・・・。

 今後読む作品で,このオブライエン刑事はどのような役回りになるのだろうか。

 この作品も,翻案されて,火曜サスペンス劇場で2時間テレビドラマ化されているらしい。
 そのときの表題は

 わが町X「結婚祝いに届いた毒グモは,8年前に毒死した男からのプレゼント」
というものだったらしい。
 「8年前に毒死」というところがさっぱりわからない。
 いったいどんな翻案をされたのだろう。

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2005.10.15

殺意の楔

 87分署シリーズを読む(8)

 エド・マクベイン著「殺意の楔」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
 87分署シリーズの第8作目である。
 前作「レディ・キラー」と同じ年の10月の87分署を舞台にした物語である。

 ある日,87分署の刑事部屋を一人の女が訪れた。
 その女の夫は,キャレラ刑事に逮捕され,獄中で獄死したのである。
 女は,キャレラを射殺する決意を固めて刑事部屋を訪れたのだ。
 しかし,女は,キャレラ刑事が捜査で外出中であることを知るや,用意していたけん銃とニトログリセリンのびんで刑事たちを脅迫し始める・・・。

 外に出て行こうとしたり外部と連絡をとったりすればニトログリセリンを爆発させて刑事部屋ごと全員を吹き飛ばすと脅迫する犯人と,刑事たちとの心理戦の強い緊迫感が素晴らしい。
 そもそも,犯人が持ち込んだ「ニトログリセンのびん」が本当にニトログリセリンなのかということ自体,明らかでないので,刑事たちはそれぞれにどのように対処すべきかを必死で考える。
 犯人の目の前なので刑事たちは話し合うこともできないし,それぞれにそれぞれの思惑があって,個々に様々な対処を試みていく。
 登場人物のそれぞれの迷いや決断などの内心を描写していくので,これは小説ならではのおもしろさだと思う。
 これはおもしろい。
 現在まで8作を読んだ87分署シリーズで最もおもしろい作品である
 犯人の女にねらわれているキャレラは,刑事部屋が占拠されていることも知らずに,外回りをして捜査を続けており,その話も同時並行で進んで行くのが87分署シリーズらしい趣向である。

 この作品で,刑事たちのうち最初に実際的な対処を試みるマイヤー・マイヤー刑事というのは,ユニークなキャラクターであり,個人的には少し気に入っている。
 もともとマイヤーという苗字なのに父親がふざけてマイヤーという名前をつけたので,「マイヤー・マイヤー」になってしまったというユダヤ人の刑事なのであるが,とにかくがまん強い性格で,少しのんきなところもある良いキャラクターである。
 忍耐のしすぎのためか37歳にして髪の毛がまったくないという風貌も,この性格とあわせて考えると愛敬があってなかなかよろしい。
 日本テレビが87分署シリーズを翻案して「わが町」という表題で火曜サスペンス劇場で放送していた時は,マイヤー・マイヤーに相当するキャラクターの名前は,鳴海成巳(なるみ・なるみ)となっていて,蟹江敬三氏が演じていた。

 この作品自体も,翻案されて火曜サスペンス劇場で

 わが町I「警官爆破を狙う逆恨みの女の狂気と執念」
という表題で2時間ドラマ化され,放送されたことがある。
 かなり昔になるが,この2時間ドラマは私も見たことがある。
 テレビで見たとき,どういう感想を抱いたのか今ではよく覚えていないが,このストーリー自体は内心を描ける小説向きであるように思う。

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2005.10.09

レディ・キラー

 87分署シリーズを読む(7)

 エド・マクベイン著「レディ・キラー」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
 87分署シリーズの7作目で,前作「殺しの報酬」の直後の7月24日の出来事として描かれている事件である。

 ある日,子供を介して87分署に届けられた1通の手紙。
 そこには,活字を切り貼りして作られたメッセージがあった。

I will kill the lady tonight at 8.
What can you do about it?
 単なるいたずらなのか,それとも本当に午後8時に"The Lady"を殺すというのか・・・。
 もし本当に殺すというのなら,そもそも"The Lady"とはだれなのか・・・。
 そのメッセージを読み解き,殺人事件を事前に阻止しようとする刑事たち・・・。
 ・・・簡単に要約すると,このような物語である。

 作品中でも述べられているが,このような手紙がいたずら目的で警察署に届けられることや,本人はいたって深刻ながらその人の精神的な病のために事実とは異なる届出が警察署になされるもので実際には警察による対応を必要としないことというのは,しばしばあることらしい。
 そのような疑いもある中,実際に人が殺害される可能性もあると考え,刻一刻と迫る予告時間まで捜査を続ける刑事たちの姿は,大変興味深かった。
 この種の小説では,通常,まず殺人事件が起こり,その犯人を見つけるための捜査を行うのであるが,この作品では殺人事件をあらかじめ防ぐために捜査をしているのであり,そのことが少し普通と違った緊張感を生んでいる。
 ただ,残念なのは,この作品の鍵になる部分が日本人向けでないことである。
 言ってしまえば外国語ネタの作品であるので,日本語と英語程度しか解しない通常の日本人にとっては,解決が示されたとき,狐につままれたような感覚を覚えるだろうと思う。
 実際,私の場合がそうだった。

 作品中,大変おもしろい表現に出会った。

 マイヤー・マイヤーとスティーヴ・キャレラは,火ぶくれでもできそうな暑さを,なかよく,わけあっていた。1時40分,歩道は火照っていた。いやというほど熱をすいこんだビルの建物は,今にもさくらんぼ色に赤くなってきそうだ。人間も水気がなくなり,自動車のタイヤもグニャグニャしてきた。サイエンス・フィクションなんかあまり読まない者にも,地球が太陽に近よりすぎたぐらいのことはわかるだろう。地球は灼熱の炎でもえている。地球最後の日。まさに,リチャード・マティスン調だ。世界はドロドロにとけ,火の海となる。
 そんなにドラマチカルな表現をもちいないでいえば,くそあつい。
 要するに,「くそあつい」と言いたいだけなのに,リチャード・マシスンまで引っ張り出してくるエド・マクベインの茶目っけに爆笑した。

 この作品も,日本テレビで翻案されて,火曜サスペンス劇場で2時間ドラマとして放映されたことがあるらしい。
 その時のタイトルは

 わが町III「たか子を殺す!警察に届いた不屈な挑戦」
であったそうだ。
 私は,このテレビ作品は見たことがないのだが,その副題から考えてみると,手紙の"The Lady"の部分が「たか子」にでもなっていたのであろうか。
 それでは,全く話が違ってしまうような気がするのだが,どうなっていたのだろう。

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2005.10.08

殺しの報酬

 87分署シリーズを読む(6)

 エド・マクベイン著「殺しの報酬」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
 87分署シリーズの6作目である。
 この事件は,前作と同じ年の6月の事件として描かれている。

 ”ゆすり屋”のサイ・クレイマーがライフルで撃たれて殺害された。
 クレイマーにゆすられていた被害者が,恐喝にたえきれなくなって殺したのか・・・。
 聞き込みを始める刑事たちだが,恐喝されていたと思しき者たちの口はいずれも重い
 果たして,刑事たちは殺人犯を発見することができるのか・・・という物語である。

 途中までは比較的単調な物語であるように思われたのであるが,コットン・ホース刑事が推理をして犯人に罠をかけ,それが意外な方向に展開する辺りはおもしろかった。
 また,少しネタバレになるので黒い文字で書くと,サイ・クレイマーがゆすった金額が2万1000ドルや9000ドルという中途半端な金額になっていたことについての理由が,最後にはきれいに説明がつくようになっているところなども,なぞ解き小説らしい趣があってなかなか良かった。

 コットン・ホース刑事が郊外に捜査に行く場面で,キャッスルヴィウ刑務所という刑務所の描写が出てくる。
 そこで

 いつの日か,そう遠い先のことではないのだが,この刑務所が彼の人生と切っても切れない因縁をもってくるのだが,彼はまだそんなことは知らなかった。
 クレイマー事件が片づいて,かなり長い月日がたってから,彼はその事実に思い当るのだ。
と書かれているのだが,これはシリーズの後の作品で何かのエピソードに利用されるのだろうか。
 このシリーズの作品を読んでいくのが少し楽しみになる一節であるが,そう考える私はエド・マクベインの手の上で踊らされてしまっているようにも思われる。

 この作品も,第5作「被害者の顔」と同様,日本テレビの火曜サスペンス劇場で2時間テレビドラマ化されたことがある。
 その時のタイトルは

 わが町II「殺人容疑の女と中年刑事の禁じられた恋」
であった。
 中年刑事とはコットン・ホースなのか?
 原作では,中年というにはまだ早い印象なのだが。
 それにしても2時間テレビドラマらしい,安っぽい副題である。

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2005.09.04

被害者の顔

 87分署シリーズを読む(5)

 エド・マクベイン著「被害者の顔」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
 87分署シリーズの5作目である。

 アニイ・ブーンという女性が殺害される事件が起こる。
 生前のアニイを知る者たちに対する聞き込み捜査を開始する刑事たち。
 しかし,そこから浮かび上がってきた被害者の顔は,相互に矛盾する複雑な人物像であった。
 彼女は,なぜ殺されなければならなかったのか。
 一人の人物に共存する様々な一面を掘り下げて読者を煙に巻くという趣向とでも言えようか。

 この本筋はそれほど成功しているとは思わない。
 最後まで読み通した後も,その筋書きにはたいして感心しなかった。
 ただ,この本ではレギュラーのキャラクターの一人が思わぬ形で退場し,新しい刑事コットン・ホースが87分署に着任するので,そこが読みどころであると思う。
 比較的治安の良い30分署から転任してきたホース刑事が慣れていない凶悪犯罪を取り扱ってヘマをやり,キャレラ刑事が殺されそうな事態が生じて刑事仲間からさんざんに言われる辺りの描写はとてもおもしろかった。
 コットンという変な名前であるが,変わっているのは名前だけでなく,一癖ありそうな風変わりな性格なので,今後の活躍が楽しみである。

 実は,この作品は,かつて日本テレビの火曜サスペンス劇場で,2時間ドラマ化されたことがある。
 そのときの表題は

 わが町IV「悪女?愛人?聖母?殺された女の本当の顔」
であった。
 ずいぶん安っぽい副題のように聞こえるが,これも2時間ドラマの宿命であろう。

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2005.08.28

ハートの刺青

 87分署シリーズを読む(4)

 エド・マクベイン著「ハートの刺青」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
 87分署シリーズの4作目である。
 時期的には,前作「麻薬密売人」の翌年の春という設定で書かれている。

 この作品で描かれる犯罪は,詐欺である。
 結婚詐欺に遭って殺害されたと思われる女性の死体が発見されることをきっかけに物語が展開していくが,その周囲で同時進行的にいろいろな詐欺が描かれている。
 第3章の書出しは,以下のとおりである。

 世の中は,やや暗い皮肉な見方をするなら,一つの大がかりな詐欺合戦のようなものだ。
 自分の身の回りを見回しても,詐欺師はゴマンといる。
 そして,それに続けて,新商品を売り出す売り子の口上,選挙の立候補者の演説,取引の相手に対する誘い文句,女性を口説く男のせりふ,自動車を売り付けようとする中古自動車販売業者の言葉,新刊本の推薦文などが,詐欺の実例であるかのように次々と挙げられているのだ。
 作家のエド・マクベインが,敢えて新刊本の推薦文を茶化しているのが少しおもしろい。

 この作品では,おそらく本筋に当たるであろう殺人事件よりも,その他の詐欺事件の方が興味深かった。
 進行中の詐欺を描いている場面があるのだが,これがなかなか楽しい。
 また,この作品で初めて登場するアーサー・ブラウン刑事がその脇筋の詐欺の捜査に当たるのであるが,短気で強情で食らいついたら放さないと評されるブラウンが,いかにしてその犯人を捕まえるのか,その部分はなかなか愉快だった。

 なお,物語の中ほどに,刺青師のチャーリー・チェンなる人物が出てきて

 誰でも私を,チャーリー・チャンと呼びますね
 名刑事チャーリー・チャンとね
と言う場面が出てくる。
 ミステリ好きなら当然知っているだろうが,知らない人のために敢えて書いておくと,これは,E・D・ビガーズの小説「チャーリー・チャンの活躍」などに登場する刑事チャーリー・チャンを指しているのである。

 ここまでで4作を続けて読んだことになるが,87分署シリーズはどちらかというと小ネタで読ませる小説のように感じる。
 作品全体に大きな仕掛けがあったりどんでん返しがあったりということは,あまり期待できないようだ。
 小さなおもしろい部分は随所に見られるのであるが,結局それは大筋にはあまり影響してこない。
 やはり,このシリーズは,シリーズとしてある程度まとめて読まないと,おもしろみが薄いのだと思う。

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2005.08.23

麻薬密売人

 87分署シリーズを読む(3)

 エド・マクベイン著「麻薬密売人」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読了した。
 87分署シリーズの3作目である。
 この作品以降は,ほとんどの作品が私にとって初読なので,そういう意味でも楽しみである。
 この3作目は麻薬犯罪とそれに伴う殺人事件を扱っている。

 クリスマスの近い12月のある夜,パトロール警官が,ある地下室で少年の死体を発見した。
 顔は紫色に変色し,くびにひもを巻きつけられた無残な死体・・・そして,そのかたわらには,ヘロイン注射に使ったと思われる注射器が転がっていた・・・。
 87分署の刑事たちは,少年たちに蔓延するヘロインの密売人にたどり着くことができるのか・・・。

 時期的には,第2作「通り魔」が秋だったので,その年の12月という設定で描かれている物語である。
 ネタバレになるので,黒い文字で書くが,個人的には,息子に麻薬と手を切らせるために,けん銃まで持ち出してことに当たる母親の描写が心に残った。
 けん銃などほとんど使ったことがないという彼女が,それを最愛の息子に向けるその描写は,静かでありながらも必死の決意に基づく行動であることが端的に感じられる,迫力のある描写だったと思う。
 エド・マクベインは,そこまで人を追い込む麻薬というものの恐ろしさをも描いている。

 もう一つ印象に残ったのは,キャレラが使っている密告屋ダニー・ギムプとキャレラとの間の,なんとも言いようのない心の交流である。
 これも,敢えて黒い文字で書くが

 「そのかわり,お願いがひとつあるんでやすが」ダニーは何となくもじもじしながらいった。
 「何だ?」
 「わたしを階上に行かしとくんなさい。スティーヴを見舞ってやりてえんで」
というくだりは,どう表現していいか分からない,いい味があると思う。

 この作品では,キャレラたちの上司で,1作目から登場しているピーター・バーンズ警部補が困難な立場に立たされる。
 大変厳しい上司でありながら,慕われてかつ信頼されているこのバーンズ警部補の人間像が詳細に描かれているという意味でも,この「麻薬密売人」という物語はおもしろかった。

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2005.08.21

再読・通り魔

 87分署シリーズを読む(2)

 エド・マクベイン著「通り魔」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を再読した。
 87分署シリーズの第2作である。
 この作品は,第1作の「警官嫌い」と同じ年の秋という設定で描かれている。

 アイソラの町で繰り返される連続通り魔事件・・・。
 女性から金品を奪い,最後に必ず「クリフォードはお礼を申します,マダム」と言いながら一礼して去るなぞの犯人・・・。
 通り魔は犯行を重ね,ついに被害者が殺害される事件が発生する・・・。

 なんなんだ,このばかばかしい犯人像は。(笑)
 それはともかくとして,この作品も,初読のときには気付かなかった微妙な表現がなされていることが,再読によってよく分かった。
 ネタバレになるので,黒い文字で書くと,バート・クリングとジェニイ・ペイジの会話などは,真相を知って読むと興味深い内容だと思うのである。
 うまいものだと思う。

 この作品では,スティーヴ・キャレラ刑事が新婚旅行に出かけて不在になっていて,それ以外の刑事が活躍している。
 基本的にどの刑事も主人公たりうるのが,刑事ドラマ的小説らしいところである。
 「警官嫌い」から登場しているロジャー・ハヴィランド刑事も活躍しているが,この人は本当にひどい警察官である。
 被害者の供述をまじめに聞こうとしないし,面倒くさい仕事はなるべくやらないようにするし,被疑者を取り調べる時はまず最初に1発殴ってから話を聞くというのである。
 必然的に,彼が一人で被疑者を取り調べると,「取調室で被疑者が勝手に転んでけがをした」という事故が発生して医師が呼ばれる仕儀となる。
 本当にこのような警察官がいたらひどい話であるが,彼の個性はかなり際立っていて小説の中では大変興味深い存在である

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2005.08.20

再読・警官嫌い

 87分署シリーズを読む(1)

 エド・マクベイン著「警官嫌い」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を再読した。
 警察小説として知られる87分署シリーズの第1作である。

 最初にこの作品を読んだのは10年くらい前だったような気がするが,そのときはあまりおもしろいとは思わなかった。
 私の好みはどちらかというといわゆる本格推理小説に偏っており,この作品は広い意味でのミステリ小説ではあるものの,本格推理小説とはかなり趣を異にしていたからだそうと思う。
 87分署シリーズは,どちらかというと,刑事物の連続テレビ番組を見るような感覚を楽しむべき作品なのである。

 この作品は,夏の暑い時期,アイソラという大都会で,刑事が射殺されるという事件が発生するところから始まる。
 なぜ,その刑事が殺されたのか・・・過去にその男が逮捕した犯罪者に恨まれたのだろうか・・・。
 動機が判明せず,捜査が遅々として進まない中,再び刑事が犠牲者となる殺人事件が発生する・・・。
 この警察官連続殺害事件を描いたのが,「警官嫌い」という小説なのである。

 本格推理小説ではないから,基本的に犯人当てゲームではないし,初めて読む人が犯人を当てようとしても,まず当たらないはずだと思う。
 それでもなお,再読してみると,ミステリ小説らしいしくみが散見されるのがおもしろかった。
 初読のときに何気なく読んでいた部分が,再読してみると,意外に意味を持ってくるようになっているのである。
 ネタバレになるので黒い文字で書くが,ハンク・ブッシュが妻のアリスについて考えたことや,アリスがスティーヴ・キャレラに捜査状況を尋ねる部分などを記述している部分は,後で読むとなかなか興味深い内容だと思うのである。
 そういう点を考えると,やはりこれもひとつのミステリ小説のあり方なのかもしれないと思った。
 初読のときよりも,楽しめた。

 この作品では,シリーズ全体を通して主たる主人公となるイタリア系の刑事スティーヴ・キャレラが登場し,主人公らしく活躍している。
 キャラレの造形は,正義感あふれる優秀な刑事として,非常によくできていると思う。
 また,耳と口が不自由な彼の恋人テディも,この第1作から登場している。
 テディは事件そのものにかかわる立場にはないのであるが,シリーズ中に登場するその姿は,刑事物であるはずの87分署シリーズの中で大変楽しいアクセントになっている。
 これらの人物を人間らしく魅力的に描くことができたことが,87分署シリーズを長続きさせた大きな要因なのだと思う。

 「警官嫌い」の中で,キャレラがテディと一緒に中華料理のレストランに行き,そこで

 おみくじの入ったクッキー
をもらう場面がある。
 初読のときは,なぜクッキーが出てきてその中におみくじが入っているのだろうと不思議に思ったものだが,北米の中華料理店というものはそういうものらしい。
 私がカナダ旅行に行った時に食事をしたFlying Tiger Restaurantというところでも,おみくじが入った焼菓子が出されたのである。
 今回,再読してそのことが分かったのも新しい発見だった。

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2005.08.18

エド・マクベイン,大人買い

 87分署シリーズを読む(序)

 先日,ニューヨークとミステリの話題について書いた時,エド・マクベイン氏について触れたが,その直後,マクベイン氏が亡くなられたことを知った

 エド・マクベイン氏は,エド・マクベイン名義,エヴァン・ハンター名義,カート・キャノン名義などを用いて,多彩な作品つむぎ出した作家である。
 その実績から,マクベイン氏は,1986年にはMWA(アメリカ探偵作家クラブ協会)グランド・マスター賞を受賞し,1998年にはイギリス人以外として初めてCWA(英国推理作家協会)ダイヤモンド・ダガー賞を受賞しており,ミステリ小説の世界の巨匠であると言ってよい人物である。
 特に,警察小説のさきがけとなった「87分署シリーズ」と呼ばれる作品群は有名であり,ニューヨークがモデルであると言われるアイソラという町を舞台としたその物語は多くの読者に愛されている。
 1956年から続いていた87分署シリーズも,もうこれからは新作が出ないのであり,寂しく思っている人は多いだろう。

 私は,今までに87分署シリーズの本を3冊だけ読んだことがあった。
 第1作の「警官嫌い」,第2作の「通り魔」,黒澤映画「天国と地獄」の原作とされる「キングの身代金」の3冊である。
 ただ,私の場合,そのときはそれほどこれらの作品をおもしろいと思わなかった。
 この種の小説はお馴染みのシリーズキャラクターがその個性を活かして活躍するところがおもしろいという面があるので,シリーズを通して読んでいない私がいきなり読んでもおもしろさが半減して感じられたのだろうと,私なりに分析しているところである。
 例えて言えば,刑事ドラマの「太陽にほえろ!」の各刑事について何の予備知識もなく1回の放送分だけを見たとしても,シリーズを通して見ている視聴者ほど楽しめないというのに近いのだと思う。

 マクベイン氏の訃報に接し,ここはひとつ87分署シリーズを本格的に読んでみようという気持ちになった。
 最近,ニューヨーク旅行に行ったので,ニューヨークの町のイメージすなわちアイソラの町のイメージが湧きやすいのも,今読むべきだと思う理由の一つである。
 そこで,エド・マクベイン作品の大人買いである
エド・マクベイン,大人買い
 欲しい本をこんなにぜいたくな買い方で一気に買えるというのは,大人ならではである。

 前に読んだ作品も含めて,最初から順番に読んで行こうと思う。
 楽しみだ。

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