2006.10.04

キンキーブーツ

 夏休みのスイス旅行の際,チューリヒから成田に向かう飛行機の中で,映画「キンキーブーツ」を見た。
 父親の靴工場を継いだ優柔不断な若者チャーリーが,倒産寸前の靴工場の経営を立て直すために新事業に乗り出す物語である。
 
 チャーリーは,あるきっかけから,工場を経営を立て直すための起死回生の一手としてすき間産業に乗り出すことを決意する。
 そのすき間産業が,ドラァグ・クイーン向けのブーツ生産なのである。
 旧弊なイギリスの片田舎で,自分の工場の従業員を初めとする人々の目を気にしながら,真っ赤なブーツ作りに取り組み始めるチャーリー・・・

 イギリス人というのは,本当に妙なものを作ると思う
 イギリスのコメディーを見るといつもそう思うのだが,イギリス人のユーモアというのは,アメリカの笑いの系列とは何か違っていて,本当に「妙な」魅力があると思う。
 工場で働いている従業員がいかにも普通のおじさんたちやおばさんたちに見えるからこそだと思うのだが,実におもしろい作品に仕上がっているのである。
 この作品では,主人公よりもあの従業員のおじさんたちやおばさんたちがまず名優だと言うべきであろう。

 一言か二言くらいしかせりふがない完全な端役であるが,ドラァグ・クイーンのローラがブーツ作りに協力するために靴工場の町に滞在するときの滞在先のホストのおばあさんなども,個人的にはかなり気に入った。
 ローラも,そんな年寄りにショックを与えてはいけないと思ったのか,自らの性別についてそれなりに繕ってみせているのだけれど・・・・・。
 イギリスの「おばあちゃん」の懐の深さを見せられた感じがして,大変良かった。

 総じて,決してメジャーではないはずだがかなりおもしろい映画だったと言ってよいと思う。

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2006.10.02

男を変える恋愛講座

 夏休みの旅行で乗った飛行機の中で映画「M:i:III」を見たことは既に書いたが,その次に見たのが「男を変える恋愛講座」という映画だった。
 なんだかねぇと思う邦題である。
 男性が一人で映画館に見に行くには勇気がいりそうである。

 35歳にもなって結婚もせず親と同居して安楽に暮らしている男であるトリップ(マシュー・マコノヒーに業を煮やしたその両親が,そういう男性を誘惑して自立させることを生業としているプロの女性であるポーラサラ・ジェシカ・パーカー)を雇ってどうにかしようとしたところ,女性の方も本当に恋愛関係に陥る物語である。
 この種の映画にありがちな,実にどうでもいい感じで,かつ,先の読める非現実的な物語であったので,長時間のフライトで2本目に見る映画としては気楽に見られて楽しかった。

 アメリカ製のドラマなどを見ていてよく思うのだが,主人公の女性の親友や同居人が変人というパターンは多いような気がする。
 常識人が2人並んでいてもおもしろくないので,"Ally McBeal"のように主人公自身が変人である場合を別とすれば,相方を変人にした方がストーリーを作りやすいのであろう。
 そういう場合,個人的には,たいていその変人の方が気になってしまう。

 この映画でも,ポーラのルームメイトの女性であるキット(ズーイー・デシャネル)が,ちょっと変わっていて,かつ,かわいらしくておもしろかった
 キットが,トリップの友人エース(ジャスティン・バーサ)に対してパンチを入れたりするところなどはなかなか楽しくて,トリップとポーラよりもそちらの方が気になってしようがなかった。
 インターネットで検索してみたら,こことかこことかこことかここでも同じようなことが言われているので,私だけがそう思ったわけではないのだと思う。
 それにしても,ポーラとキットはルームメイトなのだけれど実年齢差は15歳なんですね。

 結局,映画としてはあまりにありがちで先が読めすぎるがズーイー・デシャネルは良かったというのがまとめということになろうか。

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2006.09.25

アナコンダ

 昨日,ちょうど「M:i:III」の感想について書いていたところ,テレビ朝日の日曜洋画劇場で「アナコンダ」という映画を放送していた。
 日曜洋画劇場にありがちな,巨大生物が登場して人間を襲うB級映画である。
 なんと,映画「ミッション・インポッシブル」であのインチキなジム・フェルプスを演じていたジョン・ヴォイトが出演していた。
 この人は,出演する作品とか役柄を選んだりしないのかな。

 通常,この種の作品では「人間」対「巨大生物」の闘いが描かれるのであるが,この作品は少し違った。
 この作品で描かれているのは,「ジョン・ヴォイト」対「その他の人間」対「巨大生物」という三つ巴の闘いなのである。
 すごいぞ,ジョン・ヴォイト。
 さすが,インチキなジム・フェルプスだけのことはある。

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M:i:III

 夏休みにスイスに旅行に行ったとき,飛行機の中で合計5本の映画を見た。
 最初に見たのが,「M:i:III」である。
 このトム・クルーズによる「ミッション・インポッシブル」のシリーズは,私にとっては,無視する気にはなれないのであるが,一方で楽しみというのとも少し違う微妙な存在である。

 もともと,テレビシリーズの「スパイ大作戦」は,私もかなり好きな作品であった。
 わくわくするようなあのテーマ音楽,それぞれのメンバーが独自の特殊技能を持つスペシャリスト集団による彼らにしか実行不可能とも言うべきち密な作戦,ぎりぎりのところで作戦を実行していくチームワーク,しばしば視聴者をも欺き標的となる者をペテンにかけて陥れる見事な手際,それらが相まってほかでは見られない独自の物語を作っていた。
 ミッション・インポッシブルが映画化されると聞いて,最初の期待はとても大きかった。
 しかし,トム・クルーズによるこの映画シリーズは,明らかにテレビシリーズの「スパイ大作戦」とは別物である。
 テーマ音楽だけは共通であるが,それ以外は相違点ばかりが目立つのである。
 テレビシリーズの「スパイ大作戦」は,敵をそれと知らぬ間に陥れる奇抜な作戦こそが見せ所であり,決して敵と正面から戦うアクション作品ではなかった。
 しかし,トム・クルーズの映画は,明らかにスパイ・アクション映画であり,「スパイ大作戦」のおもしろさが全くないのである。
 しかも,映画の第1作では,テレビシリーズでチームのリーダーであったジム・フェルプスが裏切り者扱いされて,トム・クルーズに殺害された。
 映画でジム・フェルプスを演じていたのが,テレビシリーズで演じていたピーター・グレイブスではなく,ジョン・ヴォイトであったとはいえ,それでもジム・フェルプスを裏切り者扱いしたというのは,どう考えても許し難い
 個人的には,イーサン・ハントが金のために人を裏切って犯罪者になり,裏切り者として殺害されるというオチの続編でも作らない限り,トム・クルーズを許すべきではないと思っている。

 そういうわけで,トム・クルーズによる映画の「ミッション・インポッシブル」シリーズは,私にとって,「スパイ大作戦」のテーマ音楽を聞くことができる貴重な機会であり,一応,「スパイ大作戦」の映画化版であるという意味で気になるものの,映画として期待しているわけではないという微妙な存在なのである。

 前置きが長くなったが,「M:i:III」は予想通りつまらない映画であった
 そもそも試写会で寄せられたコメントに「こういうアクション映画が見たかった。」というのがあるが,やはりアクション映画にしてしまったのかとがっかりさせられる
 内容について言えば,笑いの要素を抜いた「トゥルーライズのようなものであり,主人公はアーノルド・シュワルツェネッガーでも可という気がする。
 シュワルツェネッガーの「トゥルーライズ」の方が笑える分だけ上だと思った

 もう,トム・クルーズは,「ミッション・インポッシブル」シリーズは作らなくていいよ。

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2005.09.24

スターウォーズ エピソード3

 最近忙しくてまともにブログの更新もできていないのであるが,昨日休みをとれたので,歌舞伎町の新宿プラザ劇場スターウォーズ・エピソード3を見に行った。
 この機会を逃すと映画館で見られないような気がしたので,これは見に行くしかないと思ったのである。
 以下,感想を書く際にネタバレがあるのでご注意いただきたい。

 それにしてもスカイウォーカーはあっさりダークサイドに堕ちたものである。
 sakusaku白井ヴィンセント

 あれだけみんなでダークサイドはやばいダークサイドだけはやばすぎると長年言い続けて注意していたのに,あんなに簡単に堕ちてしまうのは納得できない
という趣旨の発言をしていたが,確かにあっさり寝返った。
 スカイウォーカーは,良く言えば若い,悪く言えば精神的に成熟していない言動がたびたび見受けられるので,そこにつけこまれたということなのであろう。
 やはり,エピソード1の時点で,ジェダイになるための精神的修養を積むには年をとり過ぎていたということなのか。

 スカイウォーカーが,ジェダイの修行を積んでいるらしい子供たちを殺害するという表現は興味深かった。
 抽象的にダークサイドと言っているだけでは,ジェダイとの違いが単なる政治的な主義主張の違いのように感じられてしまう可能性がある(スカイウォーカーもそのような説得で丸め込まれている)ので,ここで子供を殺害するというエピソードをはさんだのであろうか。
 子供を殺害するのは絶対悪であると考えやすいので,そこで一線を越えてしまったという表現をしたかったのであろう。
 せりふ(字幕)の中でも「子供を殺した」ということが強調されていた。

 味方だと思っていた人たちからいきなり背後から攻撃されて倒れて行くジェダイマスターたちを見ていると大変悲しかった。
 不意打ちさえされなければ,相当な実力の持ち主たちばかりだったのだろうに。
 その中で,窮地を乗り越えたヨーダはやはり別格なのか。
 メイス・ウィンドゥもさすがに強かった。
 彼もアナキンの裏切りによる不意打ちさえなければ全く違ったと思うのだが。

 それにしても,オビワンがスカイウォーカーを倒したとき,とどめを刺しておけば後々あんなにややこしいことにはならなかったのにと思うのは私だけなのだろうか。
 ジェダイとしては,そういう場合とどめを刺してはいけないのだろうか。

 収束させるべきところが決まっているので最後は辻褄あわせのようになっていたが,やはりおもしろかったと思う。

 スカイウォーカーは,何のために行動し,結局何を得たのだろう。
 その後は,どういう気持ちで生きていたのだろう。

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2005.07.03

一試合完全燃焼

 Life in New Yorkのoriori氏が,巨人の星について,「巨人の星の設定はすべてがすごいですな。選手生命を賭けて戦っているわけで,気合入りまくりです。」と語っていたが,選手生命どころか本当に生命をかけた戦いを繰り広げていたあの野球漫画が近く実写ドラマ化されるらしいと聞いた。

 言わずと知れた,「一試合完全燃焼」のアストロ球団である。
 私は,原作については一部しか読んだことがないが,そのとんでもない内容は様々に伝え聞いている。
 一体だれがこんなものを実写ドラマ化しようなどと考えたのだろう。
 あのアストロシフト人間ナイアガラジャコビニ流星打法がどうやって実写化されるのか興味津々である。
 アストロ球団の監督であるJ・シュウロ役を務めるのが千葉真一であるというところも興味深い。

(注1)アストロシフト
 アストロ球団の究極の守備陣形。
 球三郎が一二塁間をすき間なく埋め尽くすように分身し,球六が二三塁間をすき間なく埋め尽くすように分身するので,ゴロは全てこの二人に処理されてしまう。
 また,ライナーやフライで外野に飛ぶ打球は,球八が球七を打球に向かって投げ付け,球七が空中で捕球するのですきがない。

(注2)人間ナイアガラ
 アストロ球団のライバルであるビクトリー球団が使ったらしい守備方法。
 打者が打った瞬間に内野手全員が空中高く飛び上がり,順番に走者に向かって,飛びげりをくらわせる。
 走者が次の塁に進塁することが困難になる。

(注3)ジャコビニ流星打法
 あらかじめバットにひびを入れておくことにより,ボールを打った瞬間にバットが砕けて無数の木片となり,ボールとともに飛んで行くという打法。
 捕球すると,木片で大けがをしかねない。

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2005.05.05

アンドリューNDR114

 テレビで放送されていた映画「アンドリューNDR114」を録画していたので,最近視聴した。
 家庭用ロボットが学習を続けて自我を持ち,人間に近づきたい,人間になりたいという欲求を持つ物語である。
 もともと無限の寿命を有していた彼は,最後には限りある命をも欲し,人間として生きたいと思うようになる。

 どうやらこれも,アイザック・アシモフ先生の原作をもとにしたものであり,「バイセンテニアル・マン」(「聖者の行進」(創元SF文庫)所収)がその原作であるらしい。
 ロボットという存在を突き詰めると,人間と一体何が違うのか。
 これは,アシモフ先生がたびたびとりあげているテーマであると思う。
 アシモフ先生は,作中において,ロボット心理学者スーザン・カルヴィンの言葉を借りて,いわゆるロボット三原則について,これを突き詰めると倫理的な人間の行動準則と変わらなくなることを指摘している。
 アシモフ先生は,ロボットを描くことで人間について(あるいは人間性と呼ばれるものについて),様々な側面を描き出してくれる。

 この「アンドリューNDR114」も,そういう意味ではおもしろい作品である。
 アシモフ先生は確かにこういうことに興味を持ちそうだというところが,描かれている。
 しかし,素材はいいのに,映像作品であることの宿命か,それぞれの登場人物のものの考え方の筋道が十分に表現できないわりに,妙なコミカルさや冗長さばかりが目立ってしまっている。
 惜しいところでへんてこな作品になってしまっているような気がするのである。

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2005.02.13

シックス・デイ

 テレビで放送されていた映画「シックス・デイ」を見た。
 クローン技術が普及してペットのクローンを作る商売が行われている未来の世界を描いたアーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画である。
 この未来世界でも人間のクローンを作ることは法律で禁止されているのであるが,ある日,シュワルツェネッガーが自宅に帰ってみたところ,自分そっくりの男が既に家に帰っていて家族と一緒にいるところを発見してしまい,一方,自分は正体不明の連中に命をねらわれることになるという物語である。

 作中,多数のクローン人間が現われるが,大変な違和感を感じた。
 シュワルツェネッガーの敵の首領格の男は,クローン技術があれば永遠に生きられるかのようなことを主張するのであるが,それは違うだろう。
 自分が死ぬ際に仮に自分そっくりのクローン人間を作ったところで,結局自分は死んでしまうのだから,その後,生き続けるのはクローン人間という別の個体にすぎない。
 主観的には本人が死んでしまうのであるから,やはり自分がいなくなってしまうという苦しさや辛さからは逃れることができないはずであり,クローンが生きているから自分が永遠に生きているのと同じだと考えられる人がいるとすれば,よほど特異な感覚の持ち主だと言うほかないだろう。

 また,この作品中のクローン人間は,オリジナルの人間の知識や記憶や人格を継承することができるのであるが,その方法たるや,オリジナルの人間の目に不可思議な器具を数秒間取り付けることにより,その人間の知識や記憶や人格の全てを8インチCDほどのディスクに保存し,これをコピーするという簡便な方法なのである。
 その8インチCDのようなディスクに一人の人間の人格を含む全てのデータが入るのかとか,コピーするのに数秒間しかかからないのかとか,なぜ目をスキャンすることで記憶までコピーできるのかとか,いろいろと突っ込みどころは多い。
 しかし,シュワルツェネッガーのアクション映画に対してそのようなことを言うのは野暮というものなのかもしれない。

 シュワルツェネッガーへのインタビューによれば,彼自身は,シナリオを読んだ瞬間

 これはタイミングのいい,パーフェクトな企画だ
と思ったそうだ。
 また,シュワルツェネッガーは,敵の首領格の男が主張していたクローン人間を作ることにより永遠に生き続けるという方法を否定した上で
 私なら同時に生きる自分を作ります
 その方が楽しいです
などと能天気なことを言っている。
 カリフォルニアの未来が心配になる発言であるが,政治家に転身する前の映画宣伝用の発言なので,これもあまりとやかく言い過ぎるのは野暮かもしれない。

 映画の終盤で,オリジナルとクローンのシュワルツェネッガーが二人で活躍していた。
 これについては少し笑ったが,それ以上の感想はなんとも表現しづらい。
 この演技でシュワルツェネッガーは,ゴールデン・ラズベリー賞最低主演男優賞,最低助演男優賞,最低カップル賞の3部門に一人でノミネートされたらしいが,結局一つも受賞はできなかったようだ。
 この全ての部門で「シックス・デイ」を打ち負かした「バトルフィールド・アース」というのはよっぽどすごい映画なのであろう。

 話は複雑ではないので,テレビの映画枠で見るのにちょうどいい気楽に楽しめる娯楽映画であると思う。
 細かい矛盾などにあまり深く考え込まないで,2人のシュワルツェネッガーを楽しむのが正しい視聴態度であろう。

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2005.01.10

カンフーハッスル

 3連休にどこにも行かないのもつまらないので映画を見に行くことにした。
 何を見に行くというあてもなかったのだが,いつも映画を見に行く,ワーナー・マイカル・シネマズ大宮のホームページを見て,その中から選んだ「カンフーハッスル」を見に行った。

 当然予想していたことではあるが,あきれるくらいストーリーらしいストーリーがなかった。
 ストーリーなど脇に置いておき,普通に暮している冴えないおじさんやおばさんが実はカンフーの達人であるということのおもしろさとそのアクションを楽しむべき作品なのである。
 こんなことは私が書かなくても予告編を見れば分かることだろうが。

 ただ,映画に詳しそうな人のblogを読んだところ,作品中に他のいろいろな映画のパロディも含まれているようなので,そういうパロディに笑うというのもこの映画の見方の一つなのかもしれない。
 しかし,映画に詳しくない私にはそんなことはさっぱり分からなかった。

 私は,冴えないおじさんとおばさんが活躍するところは楽しくておもしろいと思ったが,想像していたよりも残酷な描写があり,人があっさり殺されたりする辺りに違和感を感じた。
 少林サッカーを見た時も思ったのだが,私は,このチャウ・シンチーという人とは,「笑いのツボ」がずれているとでもいうか,おもしろいと思うものにけっこうずれがあるように感じるのである。
 感想が書かれているblogを読んでみると絶賛している人も多いが,このblogを書いているgajinさんのように否定的な評価をしている人もいるので,私だけが変な感覚を持っているというわけではないのだろうと思う。

 暇つぶしにはなったがそれほどおすすめする気持ちにはなれないというのが,一応の結論である。

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2005.01.09

刑事コロンボ「指輪の爪あと」

 DVDで刑事コロンボ「指輪の爪あと」(1971年)を見た。
 前に見た「構想の死角」から間があいてしまったが,刑事コロンボ初期4作連日鑑賞計画の第4回である。
 年末年始という気分は抜けてしまったが,とりあえず4作見終わったことになる。
 この作品は,なかなかよかったと思う。

 この「指輪の爪あと」の犯人は,ロバート・カルプが演じる元警察官の探偵社社長である。
 コロンボは,第1作から,精神分析医,弁護士,推理小説作家とそれぞれ専門的な立場から犯罪を取り扱う人たちを相手にしていたのであるが,この作品ではほぼ同業と言っていい相手が犯人なので大変興味深い。
 この犯人は,レイ・ミランドが演じる有力な新聞社の社長から,妻の浮気調査の依頼を受け,浮気の事実が判明したにもかかわらず,浮気の事実はないという偽りの報告を依頼人に対して行い,一方で妻を脅迫して新聞社内の情報を手に入れようとする。
 ところが,この新聞社の社長の妻がこれを拒否し,全てを明るみに出すと言い出したため,犯人は衝動的にこの妻を殺害するのである。

 この作品では,コロンボのキャラクターが完全に確立していて,おなじみのおんぼろプジョーも登場する。
 プジョーのテールランプが壊れていて白バイに停止を求められてしまうのも御愛敬。
 普通,刑事コロンボと聞いてイメージするのはこの辺りからのコロンボの姿であろう。

 初めはコロンボを馬鹿にするような態度をとっていた犯人が,コロンボの質問の鋭さに次第にあせり始める様子が大変おもしろい。
 犯人は,警察での給料の3倍以上の報酬を約束してコロンボを探偵社に引き抜こうとする。
 すると,コロンボは,その場で

 すごい
 まるで夢みたいな話ですよ
 でも,家内とも相談してみないと
などとぬけぬけと言い,職場の環境を調べるためなどと称して社長である犯人の身辺を調査し始めるのである。
 コロンボの抜け目のなさが非常に楽しい。

 例によって今回も,最後はコロンボが犯人に罠をしかけるのであるが,これもうまくできていると思う。
 この小気味良さがコロンボのおもしろさである。

 年末年始に合計4本の作品を鑑賞したことになるが,おすすめの順に

 死者の身代金
 指輪の爪あと
 殺人処方箋
 構想の死角
としておく。
 人によっては,「死者の身代金」よりも「指輪の爪あと」をとる向きもあるかもしれない。
 私としても,映像表現とては「死者の身代金」は古くさいような気がするが,それでもあの幕切れの鮮やかさは大変印象に残ったので,一番のおすすめとしておく。
 次いで,差は小さいが「指輪の爪あと」,次に「殺人処方箋」,かなり差が開いて「構想の死角」であろう。
 推理もの作品に興味のある方は,少なくとも「死者の身代金」と「指輪の爪あと」については,見ておいて損はないと思う。

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2005.01.03

刑事コロンボ「構想の死角」

 DVDで刑事コロンボ「構想の死角」(1971年)を見た。
 刑事コロンボ「死者の身代金」を見たことに続く,刑事コロンボ初期4作連日鑑賞計画の第3回である。
 この作品は,あまりいいできとは言えないだろう。

 この作品は,刑事コロンボが本格的にシリーズ化されて最初の作品ということになるらしい。
 この作品の監督は,当時は無名のテレビ用ムービー監督であったスティーブン・スピルバーグである。

 この作品は,ケン・フランクリンとジム・フェリスという2人組の推理小説作家がコンビを解消することになり,そのことに危機感を抱いたケンが,あらかじめ生命保険をかけていたジムを殺害するという殺人事件を扱った作品であり,犯人であるケンをジャック・キャシディが,殺害されるジムをマーティン・ミルナーが演じている。
 そもそもこの2人組は,ジムが作品を書き,ケンが出版社と契約をしたりインタビューに応じたりする外交を担当していて,ケンは実際には作品を書く才能がなく作品を書くことに一切かかわっていない。
 ところが,自分の好きな作品を書きたいという理由からジムがコンビの解消を提案し,それを受けて,ケンがジムの殺害を決意するという筋書きなのである。

 ケンは,ジムを殺害するために推理小説ばりのトリックを準備する。
 しかし,そのトリックを披露するやり方は見ていて情けなくなるくらい拙劣である。
 作中,ケンは,「ジムが新しい作品を書くためにマフィア関係者に取材をし,それを作品に書こうとしたため,マフィア関係者に殺害された」という筋書きを警察に信じさせたかったようであり,マフィア関係者の名前をリストにしてタイプしたメモを作ってジムの机の引出しに入れておくという手段を講じる。
 ところが,警察がすぐにそのメモを発見しなかったと知るや,ケンは,コロンボをジムの仕事場に連れて行き,わざわざ自分でそのメモを机の引出しからすんなり「発見」してコロンボに見せるのである。
 その上,ケンはそのメモをコロンボに見せながら,「これはマフィア関係者の名前だから,ジムが彼らから取材して彼らのことを記事に書こうとしたために殺されたに違いない」などと,自分が警察に信じ込ませたいと思ってあらかじめ考えていた筋書きを,自分でコロンボにすらすらと話してやるのだ。
 本当にケンがジムの殺害に何も関係がないなら,真相についてこんなに簡単に断言できるはずがないのだから,このケンの態度はあからさまに怪しいとしか言いようがない。
 コロンボは,例によって,「なるほど」などと言いながらうなずいていたが,ケンの話を聞きながらケンが犯人に違いないと確信したのは間違いないだろう。
 せっかくの筋書きをここまで拙劣なやり方でしか披露できないという事実から考えてみても,ケンに推理小説作家としての才能が全くなかったことは明らかである

 あまりに犯人がお粗末すぎて,これではコロンボもあまり活躍の場がない。
 第1作「殺人処方箋」の精神科医や第2作「死者の身代金」の弁護士と比較すると,なんと情けない犯人像であることか。
 コロンボは,ここまで常に「専門家」の犯人とわたりあってきたのであるし,この作品のコンセプトも「犯人の推理小説作家対コロンボ」というところにあるのであろうが,なにせ犯人は推理小説作家としての才能が実質的に欠けている素人なのであるから,コロンボと犯人との会話の緊張感もずっと低レベルなものになってしまう。

 作中で,ケンが女性ファンに対して著書を送る場面があるが,その題名が刑事コロンボの第1作と同じ,「殺人処方箋」("PRESCRIPTION:MURDER")となっているのは,ちょっとした遊びなのであろう。
 そういえば,刑事コロンボのシリーズの原作者と言うべき人物も,リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンクという2人組である。
 レビンソンとリンクの分業体制がどのようなものかは知らないが,少々興味深い。

 そういう興味深い点はあるが,やはり推理ものの作品としては,犯人が間抜けすぎる分だけ気が抜けた話になってしまっていると思う。
 1作目の原作脚本や2作目の原案創作を担当したレビンソンとリンクが,この作品では制作という肩書きだけになっているので,そのことも微妙にこの作品に影を落としているのかもしれない。

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2005.01.02

刑事コロンボ「死者の身代金」

 DVDで刑事コロンボ「死者の身代金」(1971年)を見た。
 前にも書いた刑事コロンボ初期4作連日鑑賞計画の第2回である。
 今回は,ラストシーンに関するややネタバレ気味のせりふを普通の文字で書くので注意されたい。

 この作品は,刑事コロンボをシリーズ化することを予定した上で製作されたパイロット版であるらしい。
 リー・グラントが演じる敏腕女性弁護士が計画した夫の殺害計画を描いている作品であり,この犯人が夫を殺害しながら,いったん誘拐されたかのように偽装する手口はなかなか巧みである。
 犯人はさすがに弁護士らしくなかなか証拠をつかませないのであるが,言葉の端々などの細かな不自然さから不審を抱いていくコロンボの鋭敏さが非常によろしい。
 最初はコロンボを軽く見ていた犯人が,終盤でコロンボに対して

 恐ろしい人ね
 そのしょぼくれたなりも態度も,みんな見せかけ
 敵の油断を見透かして,いきなりわなをぶつけてものにしようっていう腹でしょ・・・
 ・・・そう,どれもこれもわなよ
 おつむがからっぽみたいなふりをするのも,奥さんやいとこのうちわ話も・・・
 ・・・とにかくたいした役者だわ
 うわべはもたもたしてるけど,おつむの中身は目まぐるしく回ってる・・・
と言っていたが,なかなかいい指摘である。

 それ以上に,この作品で感心したのは最後のシーンである。
 刑事コロンボのシリーズは,コロンボが最後に犯人にわなを仕掛けるケースがとても多いのであるが,そのわなのできの良し悪しにはかなりの差があると思う。
 この「死者の身代金」の場合,最後にコロンボの仕掛けたトリックが非常におもしろい上に,そのことについてコロンボが語るせりふが興味深い。
 コロンボは犯人に対して言う。

 人は金さえもらえば肉親を殺された恨みも忘れてしまうもんだ,あんたはそう確信した
 あんた自身がそういうタイプだからだ
 そこが誤算
 とんでもない思い違いさ
 人間にはいくら金を積まれても売り渡せないものがあるってことを,あんたは知らなかった
 ・・・あんたは,自分の欲の深さに裏切られたんだ
 コロンボは決して饒舌ではないが,ここでの舌鋒は大変鋭い。

 個人的には,「殺人処方箋」よりも更に上を行くおもしろさだったと思う。

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2004.12.31

刑事コロンボ「殺人処方箋」

 DVDで刑事コロンボ「殺人処方箋」(1967年)を鑑賞した。
 この年末年始に実行しようとしている「刑事コロンボ初期4作連日鑑賞計画」の第1回である。

 この「殺人処方箋」は1967年に製作された作品であり,刑事コロンボがシリーズ化されることが決まる前に,単発のテレビ用ムービーとして作成されたものらしい。
 もともとリチャード・レビンソンとウィリアム・リンクの舞台劇だったものを,テレビ作品化したというのがこの作品の出自らしい。
 この作品で登場する刑事コロンボは,後の作品と比べると着ているものもそれほどよれよれではないし,レインコートも脱いでいることが少なくない。
 まだキャラクターが確立されていなかったということであろうか。
 しかし,犯人に対して,下手に出るように見せながら,しつこくほのめかしのような質問を繰り返し,心理的に追い詰めていくその手法はこの最初でも充分に楽しめる。

 この作品ではジーン・バリーが演じる精神分析医が犯人になっているが,この犯人の精神分析医がコロンボのその手法について述べるシーンは大変興味深い。
 その精神分析医が,コロンボに対して

 君は優れた知性を持つが,それを隠している
 道化のようなふりをしている
 なぜか
 その外見のせいだ
 外見のせいで,押しもきかないし,尊敬もされない
 が,君は,その弱点を逆に武器とする
 君は,不意打ちをかける
 みくびっていた連中は,そこで見事につまずく
 今夜の訪問もそうだ
と言うのである。
 その分析は,まさにコロンボの本質を突いていて非常におもしろい。
 このような発言が出てくるのは,これがシリーズ化を予定していない単発の作品であったからこそなのであろう。

 それにしてもコロンボには本当に感心する。
 犯人の精神分析医が旅行に出かけた時と帰ってきた時とで航空会社に預けた荷物の重さが違うなどという一見すると関係がないようにも見えるところまできちんと突き詰めて捜査していてそれを材料に犯人を追い詰めていくし,犯人を不安に陥れるような質問のしかたも素晴らしい。
 ある意味で,捜査のお手本だと思う。

 コロンボの声をあてている小池朝雄氏もなかなかいい味を出していると思う。
 やはり,小池氏あってのコロンボであるという気がする。
 犯人の精神分析医を演じていたのはジーン・バリーであったが,日本語音声の声は若山弦蔵氏があてていて,これもなかなか良かったと思う。

 幕切れにやや不満はあるが,総じてレベルの高い1作だと思う。

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2004.10.10

アイ,ロボット

 映画「アイ,ロボット」を見た。
 以前,「スパイダーマン2」を見た時,予告編を見たのであるが,その時はこの映画がアイザック・アシモフ先生と関わりがあるとは全く思わなかった。
 映画の予告編でもロボット三原則が引用されてはいるが,もはやこの三原則はロボットを語る場合に当然欠かせない前提なので,私の頭の中では直ちにアシモフ先生と結びつかなかったのである。
 そもそも予告編を見る限りSFアクション映画でしかないのだから,アシモフ先生と結びつくはずもない。

 ところが,ある時,「アイ,ロボット」というのは,もしかして「われはロボット」の原題ではないかと,ふと思いついたのである。
 そこで,書店で「われはロボット」を探してみたところ,平積みになっていた上,

映画「アイ,ロボット」原作
と書かれた帯がついていたのである。
 私は混乱した。
 子供のころ,「われはロボット」の子供向けにリライトしたような本を読んだことはあるが,どう考えてもアクションシーンがあったような気はしなかった
 「われはロボット」で覚えていたのは,ロボット三原則により,ロボットが危険な場所をぐるぐる回り始め,無限ループに陥って帰ってこなくなった話くらいであり,決してアクション映画になるような話ではなかったはずだと私は思った。
 いずれにせよ,アシモフ先生の話が原作だと言われては見ないわけにはいくまいと考え,私は映画を見に行くことにした。

 映画を見終わって思った。
 映画「アイ,ロボット」は,「われはロボット」を映画化したものではないだろう
 私が「われはロボット」(の子供向けバージョン)を読んだのはずいぶん昔だし,それを全部覚えているわけではないから,正確なことは言えないが,この映画とアシモフ先生とのつながりは,せいぜいロボット三原則に着想を得ているという程度のことではなかろうか。
 実際,映画ではアシモフ先生原作とは表示されていなかった。
 本の帯に「原作」と書いてしまったのは,早川書房の勇み足であろう。
 アクション映画としておもしろいかどうかはともかく,アシモフ先生に共通するものを求めて見に行く映画ではないと思った。
 アクション映画としては,まずまず普通のレベルだと思う。
 天国のアシモフ先生も,「アイ,ロボット」というSFアクション映画の原作者にされていると知ったら,目を白黒させてびっくりするに違いない

 「われはロボット」からSFアクション映画を作れるなら,「黒後家蜘蛛の会」からミステリアクション映画を作ることも可能であろう。
 敵に体当たりするマリオ・ゴンザロ,敵に毒薬を盛るドクター・ドクター・ドレイク,敵に説教をするイマニュエル・ルービン,そして,実は格闘技の隠れた達人であった給仕ヘンリー・・・とか。
 ・・・これ以上くだらないことを想像してもしようがないので,もうやめておく。

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2004.08.14

スパイダーマン2

 先日,映画「スパイダーマン2」を見に行った。
 久しぶりの映画である。

 スパイダーマンは前作もそうだったが,主人公ピーター・パーカーの普通の人ぶりが一つの特徴なのであろう。
 前作で亡くなった叔父さんが残した

大きな力には大きな責任が伴う
という言葉に忠実にあろうとすればするほど,ピーターの私生活は追い詰められていく。
 人助けのためスパイダーマンとして活躍すればするほど,仕事の時間に遅れ,友人との約束に遅れ,周りからは見放されて私生活はすさんでいく。
 特殊な能力を持った自分の運命を恨み,むしろ,そんな能力がなかった方が良かったのではないかと悩むピーターの姿はかなり気の毒である。
 でも,彼の叔父さんは立派なことを言ったと思うし,悩みながらもそれに答えるピーターはいい奴だと思う。
 彼の叔母さんも,本当にいい人だと思う。

 そういう話は別にしても,「蜘蛛の糸」を使った一味違ったアクションと,ビルの谷間を飛び回る映像のおもしろさは,それだけでも爽快感を感じさせるので,よくできた娯楽作品だと思う。
 最近の映像技術があってこそ,ここまでできるようになったのだろう。

 また,妙にコミック風の演出や笑いが時々見られるのが,おもしろかった。
 もともとコミックだから,そういうものなのかもしれないが。
 なにかとスパイダーマンを目の敵にして,スパイダーマンを悪人として報道し続ける新聞社の社長J・ジョナ・ジェイムソンの態度などは不合理と言えば不合理であるのだが,ここはコミック特有の「笑うところ」なのだろう。

 ここからネタバレ的要素の強い部分なので,黒い文字で書くが,ピーターの親友ハリーが,2代目グリーンゴブリンになる導入部が既に描かれていたのでびっくりした。
 もう3作目を作る予定があるのであろうか。

 実は,今回,映画を見る前に,「スパイダーマン2」を見たという友人におもしろかったかどうかを尋ねた。
 すると,その友人は,「おもしろかった。レオパルドンは出ないけど。」と答えた。
 レオパルドンかい。
 そりゃ,出ないであろう。(笑)
 わざわざ,東映版スパイダーマンの話を持ち出すとは,おたく風の友人である。

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2004.07.03

名探偵ポワロ「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」

 久しぶりに時間ができたので,DVD名探偵ポワロ「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」を鑑賞した。
 原作は「ポアロ登場」所収の同名作品である。
 明日,すなわち7月4日から始まるNHKアニメ「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル」でも第1話で扱われる作品であるので,その予習も兼ねて見たのである。

 この作品のトリックは「困難は分割せよ」というトリックの基本原理の一つを忠実に実践したものであり,原作を読んだ時から強く印象に残っていた。
 この種のトリックは現実には警察にあっさり見破られるタイプのものだと思うが,小説として読むと意外にミスリードされてしまう。

 この映像作品では,宝石を盗まれるオパルセン夫人のイメージが少し違っていて,オパルセン夫人が女優として推理劇を演じるなど原作にないエピソードをうまく溶け込ませていたのが興味深かった。
 前に鑑賞した「4階の部屋」でもポワロが推理劇を見に行く一幕があったが,この種のエピソードが非常に多いという印象である。
 娯楽と言えばまず観劇という時代なのかもしれない。
 また,ポワロが,たびたび別人に間違えられて苦々しい表情をするのが妙におもしろかった。
 原作から離れるサブストーリーがかえってうまく効いているのが,このシリーズのすごいところである。

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2004.06.18

ラッキー・ガールに花束を

 解けない謎はない!
 あなたも一緒にミステリーの世界へ

 NHKのHP内に,ついに「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル」の情報ページができたようだ。
 放送予定作品や主題歌のタイトルも公開されて,いよいよ本番である。
 ところで,ミス・マープルの下に描かれているのは若返ったヘイスティングスだろうが,ポワロの下に描かれているのはだれだろう。

 仕事に忙殺されているので,今日はごく簡単にこのくらいで。

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2004.05.22

名探偵ポワロ「砂に書かれた三角形」

 DVD名探偵ポワロ「砂に書かれた三角形」を見た。
 原作は,「死人の鏡」(ハヤカワ・クリスティー文庫)所収の「砂にかかれた三角形」である。

 世界遺産にもなっているロードス島が舞台なので,その風景が楽しめる楽しい映像作品になっていた。
 また,当時のロードス島はイタリア領だったようで,黒シャツ党がかっ歩しているのが印象的であった。
 小説とは違って,こういう具体的な町の雰囲気が見え隠れするのが映像作品の楽しみである。

 クリスティーは,ステロタイプなイギリス人的偏見をもった人物を描いて読者を煙に巻くことがたびたびあるように思う。
 そういう偏見をもって敢えて言えば,イタリア人は激情型の殺人者のイメージである。
 クリスティーの小説では,殺人が起こって関係者にイタリア人がいると,イタリア人が犯人に違いないと言い出す人がたいてい一人くらいはいるのである。
 クリスティーの「オリエント急行の殺人」でも,これはイギリス人ではなかったと思うが,ポワロの友人の鉄道会社の重役が登場し

 イタリア人の凶器といえばナイフにきまっていて,一度じゃなく,何度も何度も刺すんですよ
などと言って,イタリア人犯人説に固執していたことが強く印象に残っている。
 この映像作品「砂に書かれた三角形」でも,激情型のイタリア人がそこかしこに登場していて,出国審査場やホテルのフロントでさんざん怒鳴りあっている場面がわざとらしく出てくるのであるが,それがこっけいだった。
 その揚げ句,最後に近い場面で,犯人が追い詰められて抵抗しようとした際,イタリア人の警察官が出てきて
 イギリス人はどうかしている
 何人殺せば気が済むんだ
 これ以上,殺し合いをしたければよそでやるがいい
 この島から出て行け!
と言う場面があったのが最高におもしろかった。
 そうきたか。

 原作にない場面なのであるが,なかなか気の利いた演出である。

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2004.05.17

ワールド・イズ・ノット・イナフ

 テレビで放映されていたものを録画していた「ワールド・イズ・ノット・イナフ」を見た。
 MI6のスパイである007が活躍する映画である。

 以前は,私はあまり好んで007の映画を見ることはなかった。
 あまりの荒唐無稽ぶりがなじめなかったのである。
 しかし,私の友人のにゃんつけ氏から

007映画というのはその荒唐無稽ぶりを楽しむものなのだから
と言われたことがあり,なるほどそういうものかと思って,テレビで放送されるときなどにはときどき録画するようになったのである。
 それ以来,私は,007の荒唐無稽なところは笑うところだと思って見るようにしているし,そうして見ると意外と楽しい。

 このワールド・イズ・ノット・イナフも冒頭のテムズ川での追跡シーンがなかなか楽しかった。
 007が乗っているモータボートが陸上を走ったり魚雷を発射したりするのであるが,まさに荒唐無稽であっておかしくてしようがなかった。
 それに,Qの役の役者がとてもいい感じであった。
 彼は,これが最後の出演になったらしいと聞いているが。

 その冒頭以外は,正直言ってあまりおもしろくなかった。
 悪役が,やや存在感に欠けているのである。
 こういう荒唐無稽な物語では,もう少し悪役には,超然としていてもらいたいし,もう少し図抜けた強さを持っていてほしい。

 それから,ピアース・ブロスナンを見ていると,どうしてもレミントン・スティールを見ているような気分になってしまうのがやや問題である。

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2004.05.15

名探偵ポワロ「なぞの盗難事件」

 DVD名探偵ポワロ「なぞの盗難事件」を見た。
 原作は,アガサ・クリスティー著「死人の鏡」(ハヤカワ・クリスティー文庫)所収の中編「謎の盗難事件」である。

 このテレビシリーズらしく,原作に付加された要素が微妙に楽しい。
 ポワロにかかってきた匿名の電話を取り次ごうとしないミス・レモンが,その理由を問われて

でも,私,名前がわからなくてはファイルのしようがありませんわ
と言うところなどは,何よりもファイルの整理に情熱を燃やす整理魔ミス・レモンらしくて大変おもしろかった。

 また,本題の書類紛失事件について,ジャップ警部がポワロに向かって

専門家に任せてくださいよ
書類の紛失は警察でも毎日のように起こっている
と言う場面などは,思わず笑ってしまった。

 推理ものとしては,原作の方が,問題を端的に提示していて,真相も見抜きやすいけれどできはいいと思う。
 ただ,この映像作品は,前述の笑いをとる場面のほか,ヘイスティングズによるカーチェイスの場面などが追加されていて,エンターテインメントに徹しているので,これはこれでいいのかもしれないと思った。

 ポワロが依頼人と待ちあわせている場所は,おそらくロンドン動物園であり,これもちょっと楽しい。

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2004.05.09

梟の城

 テレビで放映された映画「梟の城」を録画していたので,これを鑑賞した。
 前から気になっていた忍者映画である。

 思ったより起伏のない話で,それほど強い印象を受けなかった。
 見終わってすぐの感想も,「ふ~ん」というくらい。
 おもしろかった部分もないわけではなく,主人公と豊富秀吉との問答石川五右衛門の扱いなどは興味深かった。
 ただ,これは映画にするにはやや難があり,原作(活字媒体)の方がおもしろそうな作品だと思った。
 こういう作品は,映像作品にすると心理描写が難しいと思う。

 映像に関してはCGを多用しているのが見どころなのであろう。
 かつて,月刊アスキーでだれかがこの映画のCGを評して

よくできたウゴウゴルーガのよう
と言っていたような気がするが,なるほど,こういうことなのか。

 見て損をしたというほどではないが,もう一度見たいとは思わなかった。

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2004.05.04

「名探偵ポワロ」DVD-BOX3を購入

 ビックカメラがポイント3%上乗せセールをやっているので,「名探偵ポワロ」DVD-BOX3を注文した。
 いずれは確実に買う予定であるので,せっかくなら少しでもお得な時に買っておこうと思ったのである。
 DVD-BOX2までは既に購入済みなので,これで発売されている分は一通りそろうことになる。
 大変楽しみである。

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2004.05.02

名探偵ポワロ「エンド・ハウスの怪事件」

 DVDで,名探偵ポワロ「エンド・ハウスの怪事件」を見た。
 原作は,アガサ・クリスティー著「邪悪の家」(ハヤカワ・クリスティー文庫)である。
 この作品を読んだのももうかなり前になるが,ポワロの自尊心の強さというか,こっけいなほどの自慢っぷりが印象に残っている一作である。
 例によって原作のネタバレの部分は黒い文字で書くので読む人は範囲指定していただきがいが,最も印象に残っているのは,マギー・バックレイが殺され,その両親と会った直後のポワロの発言である。
 マギー・バックレイ殺害を阻止できなかったことを悔やむポワロに対し,ヘイスティングズが

あの場合はだれにだってできませんでしたよ
と言ってなぐさめるのだが,ポワロは
あなたには,反省の色がすこしもないのですね,ヘイスティングズ
ごく平凡な人たちに防げないのはあたりまえです
しかし,平凡な人たちに比べたら卓越したちいさな灰色の脳細胞をたくわえている,このエルキュール・ポワロにその悲劇が防止できないとはなんたることですか!
と言うのである。

 ヘイスティングズも指摘しているように,ポワロの卑下はほかの人のうぬぼれのようなものであり,こんな人は普通はいない。
 エルキュール・ポワロ登場作品を読み始めた当時の私には,このうぬぼれっぷりが強く印象に残った作品なのである。

 DVDでも,ポワロのうぬぼれはなかなかおもしろかった。
 ポワロが自己紹介して名前を言うのに相手が自分の名前を知らなかった時の,ポワロの傷ついたような表情・態度がよかった。
 ニック・バックレイの役の女性も,まずまずイメージに近い役者であった。
 原作で印象に残ったと述べた上記の場面は映像作品では省かれていたが,それでもおもしろい作品だと思う。

 クリスティー自身は,生前,この作品のことは全く印象に残っていないと言っていたらしいが。

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2004.04.29

名探偵ポワロ「海上の悲劇」

 DVD名探偵ポワロ「海上の悲劇」を見た。
 原作は,「黄色いアイリス」(ハヤカワ・ミステリ文庫)所収の短編「船上の怪事件」"Problem at Sea"である。

 この原作については昔読んだ時の記憶が残っていたので,見ているうちに作品の内容のことはすぐに思い出した。
 この原作ではなぜか

救援隊よ
というセリフが妙に印象に残っていた。
 原作を読んだ時の印象では救援隊はもう少し幼い感じかと思っていたが,少しイメージと違った。

 原作をよく覚えていると,変なところで肩透かしにあう。
 特に最後の部分で,いつ犯人が心臓麻痺で倒れるかと思っていたら,そのまま死なずに逮捕されてしまったので,そこが完全に拍子抜けであった。
 そこを原作と変える理由があるとも思っていなかったのだが。
 やはり,タイミング良く犯人が驚いて死亡するという原作があまりに御都合主義であると思われたのだろうか。

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2004.04.24

名探偵ポワロ「4階の部屋」

 DVD名探偵ポワロ「4階の部屋」を見た。
 原作は,短編集「愛の探偵たち」に収録された同名の作品である。
 原作は非常に短い作品で比較的単純な構成でもあるのでどうなるのかと思っていたが,意外にうまく話を膨らませていたと思う。

 かぜをひいているポワロを元気づけようとして,ヘイスティングズが評判の推理劇のチケットを手に入れてポワロを連れていくというサブストーリーがつけ加えられていて,これがとてもおもしろかった。
 ポワロが,推理劇の犯人をあてることができたかどうかは,見てのお楽しみ。
 ここからネタバレなので黒い文字で書くが,ポワロが推理劇の犯人を当てることに失敗し,大変傷ついた表情を浮かべるところがとても良かった。
 たしかに,ポワロはこういう内面の繊細さを持っている人物なのだと思う。
 原作にないエピソードでこういうポワロらしさを表現できるところが,このシリーズの制作陣のうまいところだと思う。
 ポワロは,その推理劇では十分な情報が解決の前に与えられていないと言って不満を言うが,その辺りは「名探偵ポワロ」の制作陣が,

「名探偵ポワロ」では証拠は完全に事前に提示していますよ
と誇示しているようにも思われて興味深かった。

 また,この作品ではジャップ警部がいい味を出していた。
 特に最後の場面で,大破したヘイスティングズの自動車を前にして,ジャップ警部が,

はっきり言って,これはもう極めて高価なスクラップというしかないね
とあっさり言うところなどは,ヘイスティングズとジャップ警部の微妙な緊張関係が非常に楽しかった。

 付加されたサブストーリーがうまく効果を出していて,楽しい作品であった。

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2004.04.22

里見浩太朗と八千草薫

 何の組み合わせかと思ったら,NHKアニメ劇場「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル」の主役声優を務める二人らしい。
 里見浩太朗がポワロであり,八千草薫がミス・マープルである。
 ベテラン俳優だしうまくこなせるのかもしれないとも思うが,アニメ初挑戦らしいのが不安材料である。

 微妙なキャスティングだと思うが,この人選の理由がまた微妙である。
 つまり,NHK担当部長が

里見さんは正義の味方にふさわしい
と述べているのであるが,この発言をどう評価すべきなのか,大変悩ましい。
 例えば,
ポワロ→正義の味方→里見浩太朗
という発想なのだろうか。
 いや,一段階足りないような気がする・・・。
 あるいは,まさか,
ポワロ→正義の味方→水戸黄門→里見浩太朗
という発想なのか?

 どういう作品になるのか想像がつかないが,とにかくいい作品になることを祈るばかりである。

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2004.04.18

少林サッカー

 テレビで放送された映画「少林サッカー」を見た。
 あまりに馬鹿馬鹿しそうな雰囲気がけっこう気に入ったので,映画として公開されたときも映画館に見に行ったのだが,また見てしまった。
 映画館に見に行ったのは,日本でのサッカーのワールドカップの直前ころだったか。

 映画館で見た時は楽しめた一方「もういいや」と思ったのだが,テレビ放送されるとなると,何かをしながら適当にテレビをつけて見ているのにちょうどいい作品であった。
 ストーリーは非常に単純だから,ときどき馬鹿らしいサッカーのシーンを見て大笑いすればそれで足りるし十分楽しめるのである。
 とにかくこの予告編がよくできているので,これが楽しめる人なら本編も楽しめる。
 ここまで変な人たち(失礼。でも,これは誉め言葉。)ばかりが出演する映画というのは,今どきかなり珍しいと思う。

 少林サッカーのDVDには,にゃんつけ氏が好む監督及び俳優のコメンタリーもついているらしいぞ。
 少林サッカーのコメンタリーを聞きたいかどうかは微妙かもしれないが。

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2004.04.17

駅馬車

 前にテレビで放送されていたものを録画していた映画「駅馬車」を見た。
 あまり西部劇は見ないのだが,たまたま放送されていたものを録画したのである。

 見てびっくりした。
 全く冗長なところがない映画なのである。
 たいていの映画はおもしろいものでも途中で冗長になる部分が出てくるものだが,これは極端に無駄がない映画であった。
 それでいて各登場人物の個性が非常によく現われていて,それが物語に生かされている。
 いわゆる「キャラが立っている」と言えるような作品であり,ドラマの作り方が基本的に上手なのだと思う。
 西部劇なのでアクション映画なのかと思っていたが,どちらかというと異なる階層の異なる立場の人たちが駅馬車に乗り合