2006.12.27

刑事コロンボ「二枚のドガの絵」

 DVDで刑事コロンボ「二枚のドガの絵(1971)を見た。
 前に感想を書いた「ホリスター将軍のコレクション」に続く,刑事コロンボ第5作から第8作鑑賞計画の第2回である。

 この作品での犯人は,ロス・マーティンが演じる美術評論家デイル・キングストンである。
 彼は,絵画の収集家であり富豪の伯父を殺害する。
 そして,伯父のコレクションの2枚のドガの絵を盗み出し,これを用いたトリックを仕掛ける。

 この作品は,なんといってもそのラストの切れ味が凄まじい。
 犯人であるデイル・キングストンは,コロンボの質問に対し,あまりにできすぎた答えばかり返すため,かなり早い段階から疑いを招く。
 コロンボは,デイルに対し

 あんた,不思議な人ですなぁ
 どんなこと質問しても,まるで役所のお偉方みたいに適切な答えがはね返ってくる
 普通はなかなかこうはいかないもんです
と言う。
 確かにデイルには,準備をしすぎたしろうとにありがちな不自然さがあり,コロンボがこの段階からデイルを疑っているのは明らかである。
 ここまではこの作品も並みのできであると思うのだが,そこからコロンボが仕掛けるわなと,それが最後に見事に効果を発揮する場面が出色なのである。

 刑事コロンボの物語は,一般的に言うと,コロンボがある程度の証拠を示した段階で犯人が罪を認めて自白してしまうものが少なくない。
 犯人も,一定の社会的地位を持っている者が多いためか,最後までじたばたして見苦しい抵抗をするということはあまりないのである。
 ところが,この「二枚のドガの絵」では,デイルがしどろもどろになりながら,最後まで弁解に努める。
 しかし,言い訳をするデイルに対し,どう弁解しても言い逃れのできない客観的な証拠をコロンボが示す。
 その客観的な証拠の切り口は新鮮で,これはおそらく大多数の視聴者をも驚かせるに足りる証拠になっている
 弁解を重ねるデイルもほどなく絶句してしまい,その瞬間を捉えて唐突に物語が終わる。

 犯人がやや間抜けであるとはいえ,犯人に突き付ける証拠の意外性と終幕の見事さがこの作品では際立っている。
 そこがこの「二枚のドガの絵」の魅力であり,この作品は,ミステリ的な魅力という点では,おそらく刑事コロンボのシリーズの中でも屈指の名作だと言ってよいと思う。
 刑事コロンボのファンならずとも,この作品は一見の価値があるはずだと思う。

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2006.12.26

刑事コロンボ「ホリスター将軍のコレクション」

 DVDで,刑事コロンボ「ホリスター将軍のコレクション(1971)を見た。
 前に第1作目から第4作目までを見て順番に感想を書いたことがあるが,その続きとして第5作目から第8作目までを順番に見ていくことにしたのである。
 この第5作目は,一言で言えば,変な作品だと思う。

 この作品の犯人は,エディ・アルバートが演じるホリスター将軍という退役軍人である。
 ホリスター将軍は,退役後に建築会社を経営していたが,軍の補給係の男と共謀して不正を働いていたのである。
 監査によりそれが発覚しそうになり,補給係の男は海外に逃げようと考え,そのことをホリスター将軍に報告するが,将軍はその補給係を殺して事実を隠蔽しようとする。
 しかし,将軍が補給係を殺すところを遠方から目撃した女性がいた・・・。

 本来,この作品で描かれる事件は,その女性がしっかり目撃内容を供述することができれば何ら問題はなかったはずなのである。
 たとえ,顔が識別できない程度の目撃供述であったとしても,ホリスター将軍がその事件のときに在宅していたこと自体は否定できないので,犯行を否認するホリスター将軍の供述とその女性の供述とは真っ向から相反することにならざるを得ず,その女性の供述を根拠にしてホリスター将軍の家の徹底的な検証が行われれば,犯行が発覚するのは時間の問題であろう。

 ところが,ホリスター将軍はとんでもない罪証隠滅工作を開始する。
 なんと目撃者の女性を誘惑してその供述を変更させようとし始めるのである。
 ホリスター将軍は将軍にまで上り詰めた人物であり,それなりの貫禄のある年齢のように見受けられる。
 はっきり言えば,「おじいさん」と言っていい人であり,いくらなんでもそういう罪証隠滅は無理だろう・・・と思っていたら,この目撃者はあっさり話を変えて,自分が目撃したと思ったのは「気のせいだった」などと言い出すのである。
 やはり,こういう手練手管は年齢でははかれないものがあるのかもしれない。
 すごいぞ,ホリスター将軍。
 「ローマの休日」で助演を務めたのは伊達ではないなと思わせる瞬間である。

 唯一の目撃者までが敵に回ったコロンボがいかなるところにいかなる方法で証拠を見出すのかというのが,ミステリ的な見せ場ということになるのであろうが,結局,最後に明かされるその辺りの処理は平凡な印象である。
 ミステリ的な観点から見てこの作品の魅力はやや乏しいように思うが,それは証拠の隠し方,見つけ方,見つけることができた理由が,結局平凡でしかないからなのだと思う。

 この作品は,ミステリとしては平凡である。
 刑事コロンボ関係の感想サイトでも,総じて評価は低いようだ。
 おそらく,そういうミステリ的な見方よりも,ホリスター将軍の怪物ぶり,異様さこそがこの作品の見どころなのだと思う。
 ホリスター将軍について,「こんなじいさん,いないよ」とか「このじいさん,やるね」と笑いながら見て,そこを楽しむべき作品なのではなかろうか。
 要するに,変な作品なのである。

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2006.12.12

ルパン三世 アルカトラズコネクション

 先日,「ルパン三世・アルカトラズコネクション」というのを見た。
 1年に1回の恒例行事のように毎年1作作られているルパン三世のテレビスペシャル版の2001年版らしい。
 ここ数年,そういうテレビスペシャル版のルパン三世もほとんど見たことはなかったので,妙に懐かしくなって見てしまったのである。

 ストーリー自体は,あまりおもしろいとは思わなかった。
 なんとも焦点がぼけた物語に,笑いをちりばめたようなつくりであるように感じた。
 まぁ,この手の物語は,おなじみのキャラクターがおなじみの雰囲気で活躍していれば,それで足りるということなのかもしれない。
 主要キャラクターの声優さんも,主人公を除けば私が物心ついたころから全く変わっていないような気がするが,それぞれ相当なベテランばかりなのではなかろうか。
 皆さん,何歳くらいなんだろう。

 少しおもしろかったのは,声優の石田太郎氏が,アメリカ人の警部補役で出演していたことである。
 この人がそういう役をやると,どうしてもコロンボにしか聞こえない。
 コロンボとはキャラクターが違うけれど,少し笑ってしまった。

 暇つぶしにならないとは言えないけれど,ここ数年ルパン三世のテレビスペシャル版を見なかったのは不適切ではなかったと思える程度のおもしろさだったと思う。

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2006.11.01

いっぺん,死んでみる?

 昨日,「地獄少女」に関する記事を書くために,インターネットで検索をしていたところ,日本テレビが「地獄少女」を実写ドラマ化する旨の記事に接した。
 ・・・やめてくれ

 この「地獄少女」という作品の見どころは,毎回描かれる,怨む者と恨まれる者との緊張感のある関係とその間に存在する悪意や運命の不条理さであると思う。
 つまり,各回に登場する依頼者とその標的こそがこの物語の主人公なのであり,「閻魔あい」を始めとするレギュラーキャラクターは傍観者として装置として存在しているのであり,そこがおもしろいところだと思うのである。
 特に,アニメーションの「地獄少女」における閻魔あいは,人でありながら,人というよりも美しくも無表情で無機質な人形のようなさまであることが際立っており,そのことが怨む者と怨まれる者とのいかにも人間らしい悪意の生々しさを引き立たせる効果を生じさせているのだと思う。

 思うに,漫画やアニメーションという表現手段は,よほど劇画調でない限り人間がまるで人形のように描かれることが多いため,「生身の人間」と「無機質な人形」との境がもともと大変あいまいになっている
 アニメーションの「地獄少女」のうまいところは,そのようなアニメーションという表現手段の特徴を利用して,「閻魔あい」を,違和感を感じさせないまま無機質な存在であるかのように描いていることにあると思う。(逆に,この表現手段の性質を利用し,もし実写ドラマで特撮を使って撮影したらホラー作品のようになってしまいそうな物語を,人形を人間であるかのように描くことで違和感を感じさせずに成立させているのがローゼンメイデンだと思うのだが,これはまた別の話になろうか。)
 実写ドラマで「地獄少女」をやろうとすると,実在する俳優が演じる以上,どうしても「閻魔あい」が妙に生々しく人間らしくなってしまって物語が引き立たず,つまらなくなってしまうのではないだろうか。
 へたをすると喜劇のようになってしまうだろうと思う

 難しいことは別にしても,輪入道が小倉久寛という時点で笑ってしまうのだけれど。

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2006.10.31

地獄少女

 数か月前,たまたま東京MXTVで「地獄少女」というアニメーションを見た。
 その独特の雰囲気には非常に心惹かれるものがあったので途中から何回か視聴していたところ,平成18年4月に放送が終わってしまった。
 最近,その第2シーズンに当たる「地獄少女 二籠」が始まったので,第1回から欠かさず見るようにしている。

 ・・・深夜0時,怨みを持つ者だけがアクセスできるホームページ「地獄通信」に,怨む相手の名前を書いて送信すれば,どこからともなく地獄少女「閻魔あい」が現れ,契約すれば,怨む相手を地獄に流してくれる・・・。
 ただし,「人を呪わば,穴ふたつ」。
 怨みを晴らせば,死後,その者の魂も地獄に流される・・・。

 基本的なストーリーはこのような単純なものであるのだが,この物語のおもしろいところは各話ごとに現れる怨む者,怨まれる者,それを取り巻く者たちの不条理な生き様である。
 ほとんどのエピソードの中で,依頼者はいったんは怨む相手の地獄送りをためらいながら,結局は最後の一線を踏み越えて閻魔あいと契約し,相手を地獄送りにしてしまう。
 しかし,怨まれて地獄送りにされた者は,確かに大変な悪人も少なくないが,悪意に満ちてこそいるものの本来地獄送りにされなければならないほどの悪人とは思えない者も少なからずいる。
 いわば,人の怨みの激しさ,そこまで怨みに駆り立てられる人の弱さがしばしば描かれているのであり,恐ろしくもあり興味深い。
 そして,更に恐ろしいのは,毎回,閻魔あいが怨む相手を地獄に送った後にわずかに描かれる,依頼者のその後である。
 果たして怨みを晴らしてもらったことによって依頼者が幸せになったと言えるのか否か,毎回,微妙な割り切れなさを残しながら物語は唐突に終わる。

 毎回のように人間の悪意や不条理な運命を描き,その余韻を残す終わり方がしばしば心に突き刺さる。
 これは,乱歩が言う典型的な奇妙な味の物語であると思う。
 異色作家短編集などとも一脈通じるタイプの作品であると思うので,敢えて「ミステリ映像作品の感想」カテゴリーに入れて紹介しておく。
 こういう物語を原作のないオリジナルのアニメーション作品として作っているというのが大変興味深いし,個人的に注目している次第である。

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2006.10.17

インサイド・マン

 前に書いた「キンキーブーツ」に続き,今年の夏のスイス旅行でチューリヒから成田に帰る飛行機の中で見た映画の2つ目が「インサイド・マン」である。
 一応,銀行強盗もののクライム・ストーリー的な作品であると言えようか。

 銀行強盗の手段自体はなかなかユニークである。
 あまりネタをばらすつもりはないので詳細は書かないが,映像作品ならではのトリックである。
 この銀行強盗の手段を,一人称で書いても,三人称で書いても,あまりおもしろいとは思えないので,本当に映像作品でしかできない芸当であろう。
 ただ,現実には,こういうやり方は通用しないよな・・・と思ってしまう。
 銀行の従業員名簿や防犯ビデオ画像,預金記録を駆使すれば,警察には犯人がわかるだろう。(笑)

 ストーリーは終わってみるとなかなかユニークかもしれないと思ったけれどやや分かりにくい。
 複数回見れば楽しめる部分もありそうだは思ったが,少なくとも普通の人は映画を1度しか見ないのだから,もう少し分かりやすくしないと不満が残るのではないかと思う。
 インターネットで感想サイトを渉猟してみると,絶賛している人とつまらないといっている人に二分されているように思うが,やはりその分かりにくさが仇となっているのだと思う。
 飛行機の中で寝不足を感じつつぼーっと見ていた私としては,今ひとつおもしろくなかった
 ただ,よく何度か見直したらおもしろいのかもしれないなという感じはする作品であった。

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2006.10.11

アガサ・クリスティーの「奥様は名探偵」

 おすすめトミーとタペンス(18)

 現在,シネスイッチ銀座で,映画「アガサ・クリスティーの奥様は名探偵」が公開されている。
 これは「親指のうずき」の映画化作品なのであるが,わざわざ邦題に「アガサ・クリスティーの」とつけられているところが,なかなか考えさせられる。
 やはり,「親指のうずき」自体の作品として知名度が十分でないため,集客のためにアガサ・クリスティーの知名度を利用したのであろう。
 シネスイッチ銀座での公開は,平成18年10月20日までであるとのことだったので,私は,平成18年10月9日にこの映画を見に行った。

 この映画では,舞台がフランスになって登場人物の名前がそれぞれフランス風になっていた。
 タペンスの本名は,本来,プルーデンス・ベレズフォードなのであるが,この映画ではプリュダンス・ベレスフォルドである。
 舞台がフランスの風光明媚な地域に改められているので,背景の景色が素晴らしかった。
 トミーとタペンスの物語は,夫婦の息の合った会話と喜劇風の味付けが持ち味だと思うのであるが,そういう意味ではなかなか興味深い映画であった。
 ストーリーは原作準拠であり,下手な改変がされていなかったのも良かったと思う。

 ただ,後半の展開と真相に至る説明は,原作を知らない人が1回見ただけで分かるのかどうか,私としては大変疑問だと思った
 私は,原作自体を読んだときも,あまり納得できない部分が残ったくらいなので,どうにも難しい映画になってしまったと思う。
 そもそも,「親指のうずき」は,あまり映画化に適した作品であるようには思えないのだけれど。

 とりあえず,熱心なクリスティーファンで原作をしっかり読み込んだ人にだけお勧めできる映画である
 言い換えれば,クリスティー原作の映像作品は見逃したくないという人だけ,見ればいいと思う。

(10/14追記)
 この映画については,「思考だだもれ」の零時さんが表題に関して

 え,それはトミーがかわいそう
という感想を書かれている
 それは,そのとおりですね。
 夫婦ともに主人公のはずなのに・・・。(笑)

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