2006.12.23

おしどり探偵・完全版

 おすすめトミーとタペンス(20)

 アガサ・クリスティー作品のうち,トミーとタペンスが主人公を務める英国のテレビドラマのDVDの輸入版が安価に入手できることは,ずいぶん前に書いたことがある
 その当時,ずいぶん悩んだ末,そのDVDを購入したのであるが,今となってはそのことがまた悩みの種になっている。

 購入した輸入版は,日本語の音声や字幕はもちろんのこと,英語の字幕もないものであり,英国で放送時そのままと思われるDVDなのであるが,その後,日本語の音声,字幕に加えて英語の字幕まで備えた完全版がDVDボックスとして発売されたのである。
 これは大変魅力的なDVDであるので,これからトミーとタペンスのDVDを買おうとする人は,これを買うといいと思う。

 かなりほしい気もするけれど,私は輸入版を持っているのでちゅうちょしてしまう。

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2006.12.04

「親指のうずき」への疑問

 おすすめトミーとタペンス(19)

 先日,トミーとタペンスが活躍する「親指のうずき」を再読したが,個人的には,読後やや割り切れなさが残った。
 以下,ネタバレなので黒い文字で書く。

 そもそもよく分からないのは,ランカスター夫人がタペンスに対して,最初に「あれは,あなたのお子さんでしたの?」という発言をしたのは,一体何のためだったのかということである。
 もし,ランカスター夫人が,タペンスのことを自分が殺した子供の母親だと思ったとしても,そのことをタペンスに問う必然性があまりないように思われるのである。
 それに,ランカスター夫人は,「あれは,あそこにあるんですよ。暖炉の奥に。」と言っていたが,そこに子供の人形が落ちていて,その胴体の中に盗まれたダイヤモンドが詰まっていたこともつながりが今ひとつわからない。
 ランカスター夫人が,タペンスのことを自分が殺した子供の母親だと思ったとしても,宝石のことをタペンスに話す必然性がないし,宝石のことでなく子供の死体のことを話そうとしたのであれば,なぜその場所に宝石の入った子供の人形が画されていたのかということもよく分からない。
 全体として,真相が分かった後も,なんだか支離滅裂な印象を受けるのである。

 この「親指のうずき」の絵解きについて解説しているサイトがないかと思って探したけれども,それも見つからない。
 だれか,この作品について解説してくれませんかね。

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2006.10.11

アガサ・クリスティーの「奥様は名探偵」

 おすすめトミーとタペンス(18)

 現在,シネスイッチ銀座で,映画「アガサ・クリスティーの奥様は名探偵」が公開されている。
 これは「親指のうずき」の映画化作品なのであるが,わざわざ邦題に「アガサ・クリスティーの」とつけられているところが,なかなか考えさせられる。
 やはり,「親指のうずき」自体の作品として知名度が十分でないため,集客のためにアガサ・クリスティーの知名度を利用したのであろう。
 シネスイッチ銀座での公開は,平成18年10月20日までであるとのことだったので,私は,平成18年10月9日にこの映画を見に行った。

 この映画では,舞台がフランスになって登場人物の名前がそれぞれフランス風になっていた。
 タペンスの本名は,本来,プルーデンス・ベレズフォードなのであるが,この映画ではプリュダンス・ベレスフォルドである。
 舞台がフランスの風光明媚な地域に改められているので,背景の景色が素晴らしかった。
 トミーとタペンスの物語は,夫婦の息の合った会話と喜劇風の味付けが持ち味だと思うのであるが,そういう意味ではなかなか興味深い映画であった。
 ストーリーは原作準拠であり,下手な改変がされていなかったのも良かったと思う。

 ただ,後半の展開と真相に至る説明は,原作を知らない人が1回見ただけで分かるのかどうか,私としては大変疑問だと思った
 私は,原作自体を読んだときも,あまり納得できない部分が残ったくらいなので,どうにも難しい映画になってしまったと思う。
 そもそも,「親指のうずき」は,あまり映画化に適した作品であるようには思えないのだけれど。

 とりあえず,熱心なクリスティーファンで原作をしっかり読み込んだ人にだけお勧めできる映画である
 言い換えれば,クリスティー原作の映像作品は見逃したくないという人だけ,見ればいいと思う。

(10/14追記)
 この映画については,「思考だだもれ」の零時さんが表題に関して

 え,それはトミーがかわいそう
という感想を書かれている
 それは,そのとおりですね。
 夫婦ともに主人公のはずなのに・・・。(笑)

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2006.10.10

親指のうずき

 おすすめトミーとタペンス(17)

 アガサ・クリスティーが書いたトミーとタペンスのシリーズ4作目は,「親指のうずき」(ハヤカワ・クリスティー文庫)である。
 この作品に関しても早川書房が翻訳権を独占しているため,訳本はこの1冊だけであり,迷うことはない。
 最近,この「親指のうずき」を再読した。

 この時代になると,トミーとタペンスは既に初老の夫婦となっている。
 「にんじん頭」こと赤毛のトミー・ベレズフォードも,髪の色が砂色がかった灰色となったなどと書かれている。
 このような年齢になりながらも,トミーとタペンスの会話は若いころと変わらないのが大変ほほえましい。

 トミーの叔母さんを養老院に訪ねたところ,その養老院に入っていたランカスター夫人なる老婦人がタペンスにいきなり妙なことを話しかける。

 あれはあなたのお子さんでしたの?
 あれは,あそこにあるんですよ。
 暖炉の奥に。
 やや認知症気味の老人のたわごとなのか,それとも何か深い意味があるのか・・・。
 タペンスが再び養老院を訪ねた際,ランカスター夫人は慌しく親せきの者に引き取られた後であり,タペンスの懸命の努力によってもランカスター夫人はどこに行ったのか,その行方は全く知れなかった・・・。
 何ゆえに,そしてだれに,ランカスター夫人は連れ去られたのか・・・。
 ランカスター夫人が口走った何かがだれかの危機感をあおり,ランカスター夫人を連れ去らせることになったのか・・・。
 不安を感じたタペンスは,独りなぞを追い始める・・・。

 大ざっぱに言えばこのようなストーリーであり,ランカスター夫人がタペンスに対して口走った妙なせりふが暗示する恐ろしい背景を読者に想像させ,惹きつけつつ,物語を展開していくクリスティーの手際は素晴らしいと思う。
 後期クリスティーお得意の,「過去の事件を探る」タイプの物語である。
 ただ,個人的には,この最後の絵解きは,あまり十分なものとは思われない。
 話の引っ張り方がうまいだけに,最後に十分得心できないところが惜しいと思うのである。
 そのことについては,また,別の機会に述べることとする。

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2004.10.11

講談調・おしどり探偵

 おすすめトミーとタペンス(16)

 少し前に買った,アガサ・クリスティー著(坂口玲子訳)「おしどり探偵」(ハヤカワ・クリスティー文庫)を読んだ。
 以前,橋本訳で2回,一ノ瀬訳で1回読んでいるので,通読するのは4度目であった。

 新訳である坂口訳は,とにかく体言止めが目立っていた。
 前に書いた一ノ瀬訳の違和感のような不都合はなく,こなれた言葉になっているように思ったのであるが,全体的に気のせいか体言止めが多いように感じ,そこが少し気になった。
 私は,「講談」というものをよく知っているわけではないが,読んでいた際の印象は「講談調・おしどり探偵」というほかなかった。
 もともとコミカルな話だからこれでもいいのかもしれないが,私の個人的な好みでは橋本訳の方が良かった。
 もっとも,私は,単に最初に読んだものに引きずられているだけかもしれないと思う。

 それにしても何度も読んでもこの作品はおもしろい。

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2004.05.30

NかMか

 おすすめトミーとタペンス(15)

 アガサ・クリスティーが書いたトミーとタペンスのシリーズの3作目は,「NかMか」(ハヤカワ・クリスティー文庫)である。
 この前までとりあげていた「おしどり探偵」には手に入れやすい訳本が複数あるため,どちらを選ぶべきかという問題があったのであるが,「NかMか」以降は早川書房が日本語版翻訳権を独占しているため,良くも悪くも迷う余地はない。

 ここまでとりあげてきた「秘密機関」と「おしどり探偵」では,トミーとタペンスは若いカップルというイメージであった。
 ところが,「NかMか」は読み始めてすぐにそれとは雰囲気が違っていることがわかる。

 時は1940年,ドイツと戦争状態にあるイギリスである。
 かつて「秘密機関」の時代には国家の危機を救う大活躍をしたトミーとタペンスが,これほどの時代に黙っているはずがないではないか。
 何か国の役に立ちたいと思って仕事を探すトミーであるが・・・。

タ「さあさあ,すっかり白状なさいな。仕事はなかったの?」
ト「なにもない。ぜんぜんお呼びじゃないのさ。なあ,タペンス,人間わずか46歳で,よぼよぼの爺さん扱いされるなんて,癪にさわる話じゃないか。陸軍,海軍,空軍,外務省,どれも口裏をあわせたように同じことを言う。あんたは年をとりすぎている。いずれそのうちお願いする事があるかもしれません,ってね」
 なんと,トミーは既に46歳なのである
 しかも老いぼれ扱いされて仕事がない
 タペンスも似たようなものである
 憤り,涙をこらえるタペンス。
 時とはなんとむごいものか。

 そう思わせておいて,実はもちろんこんなことで終わるトミーとタペンスではない。
 ドイツの大物スパイ「N」又は「M」を向こうに回す大活躍がここから始まるのである。
 特に年を重ねてなお衰えることのないタペンスの機知と行動力には驚かされる。
 そう,人は年をとっても変わらない。
 見た目は年を重ねてもトミーはトミーだし,タペンスはタペンスなのである。
 あの若いころのトミーとタペンスがここにいる,そう思わせてくれる楽しい冒険スリラー的作品だと思う。

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2004.05.15

The Crackler and Other Stories

 おすすめトミーとタペンス(14)

 ずいぶん長くなってきたが,アガサ・クリスティー著「おしどり探偵」(ハヤカワ・クリスティー文庫)について,もう一つ書くことにする。

 最近,"Partners in Crime"のカセットテープというものを買ってみた。
 朗読しているのが,映像作品でトミーを演じたジェームズ・ワーウィックであるし,こういうものもおもしろいかもしれないと思ったのだ。
 この種のカセットテープやCDは元の作品を要約したものもあるようであるが,届けられたものには,"unabridged"の表示があった。
 Amazon.co.jpでは,この表紙が表示されているが,実際に届けられた物は,HarperCollinsのサイトで紹介されているこれだった。
 Amazon.co.jpの紹介では内容がはっきり書かれていないが,短編集"Partners in Crime"の中ほどにある

The Case of the Missing Lady
Blindman's Buff
The Man in the Mist
The Sunnigdale Mystery
The Crackler
の5作品(カセットテープ2巻,約3時間分)であった。
 このカセットテープのシリーズは,"Partners in Crime"全体を3巻に分けて収録しているようであるが,これはその第2巻であり,コメディとしてもパロディとしても聞きどころだと思うのでなかなかよろしい。
 私のように英語が苦手な人が,ペイパーバックで字を追いながら勉強をかねて聞くにはちょうどいいのではなかろうか。

 なお,Amazon.co.jpでは第3巻も販売されているようだが,HarperCollinsのサイトでも紹介されている第1巻は,なぜか見当たらない。

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2004.05.08

輸入盤DVD "Partners in Crime"

 おすすめトミーとタペンス(13)

 前に書いたジェームズ・ワーウィックとフランセスカ・アニスの「おしどり探偵」(「二人で探偵を」)については,日本クラウン株式会社からVHSビデオで発売されている
 しかし,これは全10巻で1巻あたり3150円という非常に手が出にくい価格設定になっている。
 私は,以前に書いたようにLaLaTVで放送された際に録画した日本語版で見たのであるが,これから見たいと思う人がいても映像ソフトの入手に困難を伴うことになろう

 同じことは他の作品についても言える。
 ジェームズ・ワーウィックとフランセスカ・アニスの二人が,それぞれトミーとタペンスの役を演じて,「秘密機関」も映像作品化されているはずなのであるが,これは私も見たことがない。
 この「秘密機関」もVHSビデオで発売されているのであるが,価格が6300円と言われるとちゅうちょしてしまう。
 そのほか,冒険スリラー系統のクリスティー作品を映像化した「七つの時計」は7350円であり,「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」 に至っては10500円もする。
 しかも,どれも今どきDVDではなくVHSビデオなのである。

 解決方法がないわけではない。
 実は,英米では既にこれらの作品はDVD化されているのである。
 日本のAmazon.co.jpでも

Tommy & Tuppence: Partners in Crime Set 1 (2pc) [IMPORT]
Tommy & Tuppence: Partners in Crime Set 2 (2pc) [IMPORT]
が販売されており,合わせて9222円という低価格なのである。
 Amazon.co.jpでは収録内容が十分わからないのでAmazon.comで検索すると,Set1には「秘密機関」と「おしどり探偵」の4エピソードが,Set2には,「おしどり探偵」の6エピソードが収録されていることがわかる。
 日本で発売されているVHSでこれをすべてそろえると3万7800円なのであるから,かなりお買い得である。
 同様に
Seven Dials Mystery (2pc) [IMPORT]
Why Didn't They Ask Evans [IMPORT]
の2作品も,それぞれ2881円,3458円という格安の価格で輸入盤DVDが発売されている。
 ただ,日本語の吹替え・字幕がないことと,リージョンコードが違うため日本で売られている普通のDVDプレイヤーではそのまま再生できないことが問題であろう。
 私のDVDプレイヤーはリージョンフリー化が簡単にできるようなので,英語に自信があればこれらのDVDを買うところなのであるが,そこに自信がないので未だに手を出せずにいる。

 名探偵ポワロやミス・マープルのように,日本でもDVD化してほしいところである。

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2004.05.04

ジェームス・ワーウィックとフランセスカ・アニス

 おすすめトミーとタペンス(12)

 アガサ・クリスティー著「おしどり探偵」は,1980年代にイギリスで映像作品化されている。
 前に,oriori氏が指摘した「二人で探偵を」がそれである。
 昨年,LaLaTVで放送されたので,私は,人に頼んで録画してもらい,全10話を鑑賞した。
 そこで主役を演じているのが,ジェームス・ワーウィックとフランセスカ・アニスの二人なのである。

 oriori氏がお洒落なイメージと表現しているのは,適切な表現だと思う。
 アールデコ調の雰囲気や,タペンスのファッション(特に,やはり帽子か)を映像として見ることができる大変楽しい作品であり,原作にもある程度忠実な作りになっているので,おすすめできる映像作品だと思う。
 ただ,小説の「おしどり探偵」のような大がかりな背景のストーリーがなかったり,読んだ人ならわかると思うがあの中の罪のないアリバイ崩し作品がかなり改変されていたりしたのが,個人的には少し残念であったが。

 ジェームス・ワーウィックとフランセスカ・アニスのペアはこの作品でトミーとタペンスを演じているほか,ボビーとフランキーも演じている。
 ボビーとフランキーというのは,アガサ・クリスティー著「なぜ,エヴァンズに頼まなかったのか?」に登場する二人であり,この作品も映像作品化されているのである。
 この「なぜ,エヴァンズに頼まなかったのか?」は,アガサ・クリスティーの数ある冒険スリラーのかなりおもしろい方だと思う。
 実は,私としては,「七つの時計」「なぜ,エヴァンズに頼まなかったのか?」の2作品がこの系統での最もお気に入りの作品なのであるが,そのことは,また別の機会に書くことにする。

 話は戻って,ジェームス・ワーウィックとフランセスカ・アニスの"Partners in Crime"であるが,この作品を現在見るためには,どのような方法があるかという点になると,やや悩ましい問題がある。
 これについては,次回書くことにしようと思う。

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2004.04.21

新訳・おしどり探偵

 おすすめトミーとタペンス(11)

 様々な探偵になりきり,おしどり夫婦大活躍!
 ユニークな探偵事務所の顛末を新訳で贈る

 ハヤカワ・クリスティー文庫から,アガサ・クリスティー著「おしどり探偵」が新訳で発売された。
 見事なタイミングである。
 今なら本屋で平積みの「おしどり探偵」を見ることができる。
 冒頭の宣伝文句が書かれた緑色の帯が目印である。

 今回出版された新訳は坂口玲子女史の翻訳である。
 せっかくだから,この新訳「おしどり探偵」も比較のために読んでみようと考えて買ってきたが,まだ通読していないのでなんとも言えない。
 ただ,気になるところをいくつか拾い読みした限りでは,前に書いた一ノ瀬訳ではしっくりこないところは無難な訳になっているし,橋本訳のやや硬すぎる言葉で気になるところは自然な訳になっているようなので,けっこういいかもしれない。

 少しほかの本を読んだ後,通読してみようと思う。

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2004.04.17

国際探偵事務所の探偵法

 おすすめトミーとタペンス(10)

 前回説明した通り,アガサ・クリスティー著「おしどり探偵」の国際探偵事務所の探偵たちは,大変若々しいメンバーである。
 もちろん探偵業の経験のある者などは一人もいない
 前作の「秘密機関」である種の冒険を経験してはいるが,それはどちらかというと冒険家ないしスパイ的な活躍であり,決して私立探偵の経験と言えるものではない。
 素人集団なのである。

 それでは彼らはいかなるノウハウを用いて探偵の仕事をやろうとしているのか。
 最初の依頼人が現われる前の,タペンスとトミーの会話がそれを端的に示している。

タ「わたしたちははち切れそうなほど才能を持っているのに,それを使う機会がないなんて,意味ないわよ」
ト「きみの陽気な楽観主義には昔から感心させられているよ。きみは使える才能を持っていることに全然疑問を抱いていないらしいね」
タ「もちろんよ」
ト「そのくせ,きみは専門的な知識なんかぜんぜん持ってもいないじゃないか」
タ「だって,この十年間に出版された探偵小説は一冊残らず読んでいるわよ
 そう,彼らは探偵小説に出てくる名探偵の手法を実地に応用しようとしているのである。
 トミーとタペンスは,数々の名探偵をお手本にして事件に挑む。
 シャーロック・ホームズのまねをしてバイオリンを弾いたり,ソーンダイク博士(科学者探偵として有名)のまねをしてカメラで現場を撮影したり,隅の老人(ひもを結んだり解いたりしながら喫茶店の片隅で事件の推理することで有名)のまねをしてひもを持って喫茶店の片隅で推理をしたり,ブラウン神父(カトリックの神父でこうもり傘をいつも持ち歩いていることで有名)のまねをして僧服にこうもり傘のいでたちで推理をしたりするトミーとタペンス。
 こんなことで,きちんと事件を解決できるのだろうか・・・。
 これが,この短編集「おしどり探偵」なのである。

 つまり,この「おしどり探偵」は,アガサ・クリスティーによる推理小説をネタにしたパロディー短編集的な趣向の作品だと言ってよいと思う。
 クリスティーは他の作品をまねることにそれほど力を入れてはいないようであるが,それでも他の名探偵を茶化しているさまが非常に楽しい。
 しかも,トミーとタペンスは,探偵法について語る時,エルキュール・ポワロにまで言及している
 まさに,茶目っけたっぷりのアガサ・クリスティーである。
 元の作品を知らなくても,その楽しさは十分感じられるはずだと思う。
 ぜひとも,多くの人にこの作品を読んで楽しんでもらいたい。

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2004.04.15

ブラントの優秀な探偵たち

 おすすめトミーとタペンス(9)

 "Blunt's Brilliant Detectives"
 ブラントの優秀な探偵たち・・・「おしどり探偵」の国際探偵事務所のスローガンである。
 「優秀な探偵たち」などというと数多くの探偵が所属しているかのようであるが,国際探偵事務所の探偵は,実は,

シオドア・ブラント氏(トミーの偽名)
ミス・ロビンスン(タペンスの偽名)
アルバート
の3名に過ぎない。
 アルバートと言えば,「おしどり探偵」の前作「秘密機関」で,タペンスの「アメリカ探偵団よ」というたわ言にだまされて誘いに乗ってタペンスの仲間になり,冒険を共にしたあの少年である。
 「秘密機関」の時代から約6年間が経過した後になって,なおアルバートがトミーとタペンスの冒険に加わっているというのであるから,アルバートはタペンスとの出会いによりだまされて人生を狂わされた自分の進むべき道を見つけたと言えるだろう。
 前作「秘密機関」を先に読んだ私は,この「おしどり探偵」を初めて読んだ時,アルバートが登場したところでまず笑ってしまった。

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2004.04.13

おしどり探偵

 おすすめ「トミーとタペンス」(8)

 前回,"Partners in Crime"の翻訳に関して述べたので,今後は原則としてこの作品のことを「おしどり探偵」と呼ぶことにする。
 引用する文章がある場合も,特筆しない限り,橋本訳によるものである。

 この作品に言及する限り触れざるを得ないし,ほとんどネタバレの範ちゅうに入らないと思うので敢えて書くが,「おしどり探偵」は,「秘密機関」の最後で結婚に至ったトミーとタペンスのベレズフォード夫妻が活躍する物語であり,トミーとタペンスと言えば,この「おしどり探偵」の時代の二人が最も有名だと思う。
 トミーとタペンスが活躍する5つの作品の中でも,おそらくここが最高峰であり,個人的にも最も楽しい作品であると思う。
 これは,決して他の作品がつまらないと言っているのではない。
 ただ,その後の3作品はトミーとタペンスの若い時の冒険を知っていてこその作品だと思うし,「おしどり探偵」はその前提として欠かせない。

 この「おしどり探偵」でのタペンスの第一声は,「何か起きてくれないかなぁ」である。
 トミーと結婚して幸せに暮し始め,それから6年が経過した後も幸せに暮し続けていることを指して,タペンスは,

こんなこと異常じゃないの
あらゆることが,予想していた状態とは違ってくるものなのだから
などと言い出すのである。
 幸福な結婚生活に不満を感じ,波乱と冒険を求めるタペンス
 相変わらずの冒険好きな性格である。
 もっとも,そこはタペンス自身も自覚していて,
わたしは幸福に慣れっこになったのね
風邪で鼻がつまるまでは,鼻で息を吸い込めるのがどんなにありがたいことかも気がつかないのと同じよ
と言って,見事な例えをしてくれている。
 この辺りからのトミーとタペンスのやり取りは,まさに夫婦漫才というほかないおもしろさである。
タ「あなたはほんとうにロマンスへの・・・冒険への・・・生への・・・ひそかな狂おしいほどの憬れを持ったことがないの?」
ト「タペンス,いったいきみは近頃何を読んでいたのだい?」
特にタペンスの暴走ぶりは本当におもしろい。

 そこに,「秘密機関」でも登場したある人物が,トミーとタペンスに新たな冒険の話を持ち込んでくる。
 どうやら,国際探偵事務所なる名称の探偵事務所を経営するシオドア・ブラント氏なる人物が逮捕されたらしい。
 このブラント氏は外国の諜報機関(?)の手先であったと目される人物であり,このブラント氏になりすまして敵を罠にかけるのがトミーの新たな使命なのだ。
 シオドア・ブラントという偽名で国際探偵事務所の経営に乗り出すトミーとその相棒タペンス。
 本来の使命とは関係なく一般の人々から持ち込まれる数々の事件の捜査はもちろん,頼まれてもいない事件の捜査にまで乗り出す国際探偵事務所。
 二人の探偵業の行く末はどうなるのだろう・・・。
 その活躍が見られる楽しい短編集が,この「おしどり探偵」なのである。

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2004.04.10

「二人で探偵を」の翻訳

 おすすめ「トミーとタペンス」(7)

 前回,"Partners in Crime"の訳本としては,一ノ瀬直二訳「二人で探偵を」(創元推理文庫)よりも橋本福夫訳「おしどり探偵」(ハヤカワ・ミステリ文庫)をおすすめすると書いた。
 詳しく言えば,「二人で探偵を」の訳語の選択にはやや疑問を感じているのである。

 例えば,物語の最初の章である登場人物がしゃちほこばった執事とも従僕ともつかぬ態度で現れる場面があり,タペンスがこれについて,

He's copying a Long Island butler now
と言うのであるが,これが橋本訳では,
近頃ではロング・アイランドの執事の真似ばかりしているのよ
と訳されており,一方,一ノ瀬訳では,
今,彼はロング・アイランド・ホテルの番頭のまねをしているのよ
と訳されているのである。
 ロング・アイランド・ホテルというものを知らないのでなんとも言えないが,ここでいう"Long Island"はやはり高級住宅街のことをさしているのではなかろうか。
 どうもホテルの番頭と言われるとしっくりこない。

 また,作中で,ソーンリイ・コルトンという小説上の盲目の名探偵に言及した際,その名探偵のことを,

The blind Problemist
と呼ぶ場面があるのだが,これが橋本訳では,
盲目の解答者
と訳されており,一方,一ノ瀬訳では
盲目の詰将棋研究家
と訳されている。
 これも,私はソーンリイ・コルトンが登場する小説自体を読んだことがないのでなんとも言えない要素が残るのではあるが,それにしてもいきなり何の脈絡もなく名探偵のことを詰将棋研究家と呼ぶというのは不思議な感じがする。

 英語はよくわからないのだが,そういう細かい訳語の選択が橋本訳と一ノ瀬訳とで明らかに違っていて,私としては橋本訳の方がイメージに合うということなのである。

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2004.04.09

Partners in Crime

 おすすめ「トミーとタペンス」(6)

 トミーとタペンスの最初の冒険である「秘密機関」から約6年後,彼らの新たな冒険として描かれたのが,"Partners in Crime"である。
 普通の言葉の使い方で言えば"共犯者たち" とでもいうところなのだろうが,この場合はトミーとタペンスが二人で事件のなぞを解いていく探偵の役を演じる物語なので,意味合いが違っている。

 この"Partners in Crime"に関しては,現在,簡単に手に入る訳本は

橋本福夫訳「おしどり探偵」(ハヤカワ・ミステリ文庫)
一ノ瀬直二訳「二人で探偵を」(創元推理文庫)
の二つであろう。
 私が最初に読んだのは橋本訳であり,最近,比較のために一ノ瀬訳も読んでみた。
 大雑把に言えば,橋本訳はやや翻訳調が残っていて硬い言葉を連ねている雰囲気があり,一ノ瀬訳はややくだけた雰囲気であると言っていいと思う。
 最初に読んだことによる影響があるのかもしれないが,私としては,橋本訳をおすすめしておく。

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2004.03.28

再読・秘密機関

 おすすめ「トミーとタペンス」(5)

 「秘密機関」を再読した。
 覚えていたところもあれば,すっかり忘れていたところもあって楽しめた。

 よく覚えていた場面で再度読んでもやはりおもしろかったのは,タペンスが初めてアルバートに出会う場面である。
 思うに,アルバートは,この偶然の出会いをきっかけに人生を狂わされた冒険の人生に身を投じたと言えるだろう。
 タペンスの「アメリカ探偵団よ」というセリフは本当に忘れられない。
 アメリカ探偵団に乾杯!

 すっかり忘れていた場面で,再読してとてもおもしろかったのは,ジュリアスの言う「恋愛と結婚を分けて考える」考え方に対して,トミーが顔を真っ赤にして怒り出す場面である。
 トミーの

そんな馬鹿なことがあるものか!
当節のわれわれは,ひとりのこらず,あまりにもビジネスライクすぎるよ
これが熱くならずにいられるかい
という一連のセリフは,ふだん冷静なトミーの発言であるだけに非常に楽しかった。
 この場面はよく記憶にとどめておくことにしようと思う。
 トミーは,本当にいい奴だと思う。
 私は,トミーみたいな男は好きだな。

 あまりミステリ小説の感想らしくない感想になってしまったが,そういう楽しい作品だということは強調しておきたい。
 ミステリ小説としてはやはり脂が乗った時期のクリスティー作品よりは洗練されていないかもしれないが,クリスティーが黒幕のブラウン氏の正体を隠すためにかなり表現上の工夫をしているのが再読してみるとよくわかる。
 その後のクリスティーの方向性は,この作品にも垣間見えるように思う。

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2004.03.12

「秘密機関」の時代

 おすすめ「トミーとタペンス」(4)

 トミーとタペンスが初めて登場する「秘密機関」が出版されたのは1922年であり,日本の元号で言えば大正11年にあたる。
 それを思えば,これがいかに古い時代の物語であるかが実感できよう。
 アガサ・クリスティーは1890年生まれであるので,当時31歳ないし32歳という年齢であったことがわかる。
 当時は,アガサ・クリスティーも,その後トミーとタペンスのペアとこれほど長い付き合いになるとは思っていなかったに違いない。

 エルキュール・ポワロが初登場時から引退したベルギーの警察官であり,ミス・ジェーン・マープルが初登場時から詮索好きの老婦人であって,最後までその雰囲気があまり変化しなかったのに対し,トミーとタペンスは,この初登場時には間違いなく元気な若者であり青年冒険家であったのが,時代の影響を受けながら確実に年を重ねて行く。
 それは,トミーとタペンス本人たちのみならず,周りの登場人物や家族も同様である。
 そこがほかにないトミーとタペンスの魅力であり,年を重ねた彼らに出会えることが,時代を越えて旧友に会ったような不思議な親近感を抱かせるのだと思う。
 トミーとタペンスが登場する作品は,必ず「秘密機関」から順番に読んでほしいと思う。

 なお,次回の「おすすめ『トミーとタペンス』」は,約1か月後に書こうと思う。
 おすすめしているうちに私も「秘密機関」を再読したくなったし,それを踏まえて更に次作の紹介を書き進めようと考えるのである。
 トミーとタペンスに興味を持った方は,ぜひ,この機会に「秘密機関」を読んで感想を聞かせてほしい。

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2004.03.10

青年冒険家商会

 おすすめ「トミーとタペンス」(3)

 「若き冒険家2名雇われたし。何事も快諾,どこにでも参上。報酬よきものに限る。

 「秘密機関」は,第一次世界大戦後,久しぶりに会った友人同士のトミーとタペンスが,十分なお金を手に入れるためにはどうすればいいかを話し合うことから話が始まる。
 タペンスの冷静な分析によれば,そのための方法は「金持ちの親せきから遺産をごっそりもらう」か,「金持ちと結婚する」か,「作り出す」かのいずれかしかないのであるが,金持ちの親せきにも金持ちの結婚相手にも心当たりがなかった彼らは,青年冒険家商会を名乗って誰かに雇われ,冒険をして金を作り出そうという結論に達するのである。
 ところが,今度は雇ってくれる客のあてがない
 そこで,タペンスが冒頭の新聞広告を思いつくのである。
 その文面を検討するトミーとタペンスの会話は秀逸である。

 タ「それから,これもつけ加えましょうよ。”正当なる申し出歓迎。”」
 ト「ま,ぼくが思うのには,この広告に応じてぼくたちが得られるものは,まず,正当だなどと義理にもいえない代物ばかりだろうよ」
 タ「トミー!あなたって,すごく頭がいいわね!その方がずっと垢抜けているわ。”不当なる申し出も可。ただし報酬よき場合に限る。”いかが?」
 ・・・・・・
 タ「あなたがこの広告を読んだら,どんな印象を受けるかしら」
 ト「まず,いたずらか,あるいは気ちがいが書いたものと思うだろうね」
 タペンスの突飛な天才的な発想力とトミーの人を茶化しているような冷静な判断力が垣間見える楽しい会話である。

 このコメディータッチの魅力的な冒険スリラー「秘密機関」を,読んでみたいと思わないか?

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The Secret Adversary

 おすすめ「トミーとタペンス」(2)

 トミーとタペンスが登場する"The Secret Adversary"は,田村隆一訳「秘密機関」一ノ瀬直二訳「秘密組織」の二つの訳本があるが,創元推理文庫の「秘密組織」は現在版元品切れ・重版未定なのである。
 したがって,現時点で新刊で入手するなら,ハヤカワ・クリスティー文庫版の「秘密機関」ということになろう。

 私自身も,かつてハヤカワ・ミステリ文庫版で田村訳「秘密機関」を読んだ。

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2004.03.09

クリスティーと冒険スリラー

 おすすめ「トミーとタペンス」(1)

 以前,トミーとタペンスについて書くと宣言したまま放っていたので,そろそろ書いてみることにした。

 アガサ・クリスティーと言えば本格物の印象が強いかもしれないが,初期にはいわゆる冒険スリラーと呼ばれているものをたくさん書いていることでも知られている。
 この種の作品は,だいたいパターンが決まっていて,若い男性と女性が不思議な謎に出会って,ふたりでその謎を追いかけるうちに,はらはらするような冒険になっていき,最後は謎を解き明かして二人が結ばれるという,要約してみると大変他愛のない筋書きのものが多い。
 クリスティー自身も,この種の作品は書くのが楽だなどとどこかで言っていたような気がするが,それにしてもこれがクリスティーの手にかかると意外におもしろいことが少なくないのである。

 トミーとタペンスが初めて登場する「秘密機関」は,この軽妙な冒険スリラーに分類される初めての作品であり,クリスティーにとっては本格物も含めて2作目の作品である。

 クリスティーの代表的な一面を知るという意味でも,「秘密機関」はおもしろい作品なのである。

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2004.02.28

トミーとタペンス

 アガサ・クリスティの小説の主人公としては,エルキュール・ポワロミス・ジェーン・マープルが最も知られた存在であろうが,トミーとタペンスのペアも忘れてはなるまい。
 トミーとタペンスが登場する作品は,

秘密機関(The Secret Adversary)
おしどり探偵(Partners in Crime)
NかMか(N or M?)
親指のうずき(By the Pricking of My Thumbs)
運命の裏木戸(Postern of Fate)
のわずか5作ではあるが,どれも独自の輝きを放つユニークな作品である。
 今後,暇をみて(ネタがないとき),その魅力を語っていきたいと思うので,興味を持ってもらえれば幸いである。

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